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甘いもの

あけましておめでとうございます

扉を開けると、店内は賑わっていた。


笑い声。

皿が置かれる音。

甘い匂い。


男性客の姿も珍しくない。

仕事帰りらしい者も、連れと向かい合っている者もいる。


だから、二人が入ったからといって、場違いになることはなかった。


それでも。


視線が、ふと流れる。


誰かが見る。

それにつられて、もう一人が見る。


理由を探すほどのものではない。

ただ、並んで歩く姿が、やけに整っている。


服装でも、立場でもない。

距離の取り方や、歩幅の揃い方。


まるで、この場所に置かれる前提で切り取られた一枚の写真のようだった。


気づけば、視線はすぐに逸らされる。


「こちらへどうぞ」


案内された席は、窓際。

人目はあるが、視線が集中する位置ではない。


メニューを開く。


厚手の紙に、やわらかな色合いの挿絵が添えられていた。


星形の焼き菓子に、花を模した砂糖細工。

果実を山盛りにした小さなタルトは、どれも絵本の一頁のようだ。


線は丸く、色は淡い。

甘さを誇張しすぎず、それでいて、見ているだけで頬が緩む。


料理名の文字も、角を落とした書体で、小さな蔓草の装飾が添えられている。


王都の流行を取り入れつつ、

どこか童話めいた、愛らしさ。


「……すごいですね」


思わず、そう漏れる。


「甘いものは、お好きですか?」


店員が、柔らかく尋ねる。


「嫌いではありませんが……」


言いかけて、視線がメニューの挿絵に戻る。


正直に言えば、

甘味に縁がなかったわけではない。


王宮の会食でも、整った菓子が出されることはあった。

だが、記憶に残っているのは、味ではなく――使われた素材だった。


どの地方の果実か。

どんな歴史があるものか。

その選択が、誰への配慮で、誰への牽制なのか。


皿の上は、いつも読み解くべき情報で埋まっていた。


連邦に来てからは、生活が先だった。

楽しむ余裕など、最初から考慮に入っていない。


「じゃあ、これかな」


ルーカスが指したのは、季節限定の一品だった。


果実とクリーム。

見た目は華やかだが、甘さは控えめそうだ。


「冒険しすぎない方がいい」


そう言って、もう一つ別の皿も注文する。


「……二つ?」


「合わなければ、僕が食べる」


当然のように。


やがて、皿が運ばれてくる。


白い皿の中央に、計算された余白を残して盛られたスイーツ。

果実の色が映えるよう、飾りは最小限に抑えられている。


近づけると、焼き菓子の温かみと、果実の甘酸っぱい香りが、ふわりと重なった。


エルフリーデは、フォークを手に取る。


一瞬だけ、迷う。


そして、一口。


――甘さが、静かに広がる。


舌に残らない。

砂糖の主張は控えめで、代わりに、素材の輪郭だけが立つ。


少し遅れて、果実の酸味が追いかけてきた。

鋭すぎず、丸みのある後味。


噛みしめるほどに、香りが奥へとほどけていく。


思わず、息を整える。


「……」


言葉が、出なかった。


もう一口。


今度は、少しだけ大きく。


「……美味しい」


小さな声。


だが。


次の瞬間だった。


自分でも驚いたように、エルフリーデの表情が、ふっと緩んだ。


口元が、自然に上がる。

目が、わずかに細まる。


意識する前に、笑ってしまった――そんな顔。


その瞬間。


ルーカスの思考が、完全に止まった。


(……あ)


見たことがない。


業務中でもない。

覚悟を決めた顔でもない。

誰かに向けた礼儀の笑みでもない。


ただ、「美味しい」と感じて、零れた反応。

年相応の、少女の表情。


それを、彼の前で。


ルーカスは、何も言えなかった。


言葉が、見つからなかった。


エルフリーデは、そんな視線に気づかず、少し照れたように言う。


「……すみません、少し、はしゃぎました」


「……いや」


ようやく、息を吐く。


「いいと思う」


それだけ。


それ以上、言えなかった。


胸の奥が、静かに、しかし確実に軋んでいる。


(……これは)


言葉にしようとして、やめた。


エルフリーデは、何も知らない。


ただ、流行の菓子を楽しんでいるだけだ。


その表情を、視界から追い出せなかった。


スプーンを置きながら、彼は視線を逸らす。


(……とんでもない)


(本当に、とんでもない子だ)


そう思いながら。


その表情を忘れられない、という確信だけが残った。

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― 新着の感想 ―
=͟͟͞͞ (   ゜Д゜)ふつくしい…
ルーカス様?王宮の会食????
マイスイート‥
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