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交渉の席にすら

その使節団は、最初から間違えていた。


豪奢な外套。

過剰な礼節。

そして何より――

「呼べば、出てくるはずだ」という前提。


通された応接室は、無駄に広い。

威圧のためではない。


逃げ場を残さないための、広さだ。


「では――」


使節団の代表が、当然のように口を開いた。


「第三王女エルフリーデ殿下の件ですが」


その瞬間、空気が一段、落ちた。


同席していた調整局職員の背筋が、反射的に伸びる。

誰も何も言わない。


ただ、一人を除いて。


ルーカスだった。


いつもの、胡散臭いほど柔らかな態度はない。

外套は整えられ、無駄のない黒。

長身だが、威圧的に誇示する立ち方ではない。


――にもかかわらず。


視線の置き方。

呼吸の浅さ。

沈黙の扱い方。


若い。

整った顔立ちだ。

だがそこにあるのは、美しさではなく、刃物のような冷たさだった。


「その呼称は、不正確です。」


低い声。

感情は乗っていない。

だが、温度がない。


使節団の視線が、一斉に集まる。


「エルフリーデ氏は、現在、連合商務調整局所属の職員です。」


淡々とした声が、机の上を滑る。


「貴国王宮の管轄には、ありません。」


代表が、わずかに眉をひそめる。


「……我々は、あくまで“家族”として――」


「確認しました。」


完全に、被せる。


「貴国は、当該人物を“王族として扱わない”と正式に決定している。」


机の上に、紙が置かれる。


封印。

署名。

決裁番号。


追放時の原本。


「家族という主張は、法的にも、外交的にも、成立しません。」


空気が、凍りついた。


使節団の一人が、苛立ちを隠しきれず声を荒げる。


「それでも、王国としては――」


「“王国として”?」


ルーカスは、初めて視線を上げた。


数を数えるような目。

人ではなく、要素として捉える視線。


「今回の使節団に、貴国の外交判断権限は、どこまで委任されていますか。」


「……それは。」


「第一王子ですか。」


喉が鳴る音が、やけに大きく響く。


「評議会ですか。」


沈黙。


「――それとも。」


ルーカスは、わずかに首を傾げた。


「国王個人、ですか。」


完全に、踏み抜いた。


――こいつ、全部知っている。


王宮が機能していないことも。

責任の所在が空白なことも。

だから、ここに“正式な権限”が存在しないことも。


「……本題に戻りましょう。」


代表は、声を硬くする。


「第三王女殿下を王宮へ――」


「戻しません。」


即答。


一切の間も、躊躇もない。


「彼女は現在、連邦内の正式案件に組み込まれています。個人の感情で、動かせる立場ではありません」


「しかし――」


その声が、続く前に。


空気が、軋んだ。


「それ以上続けるなら。」


声が、ほんのわずかに低くなる。


それだけで、圧が跳ね上がる。


「貴国の行動は、“人材に対する不当干渉”として扱われます。」


沈黙。


「これは警告ではありません。」


淡々と。


「既に、該当要件を満たしかけている、という事実確認です。」


誰も、言葉を出せなかった。


「本日の面会は、ここまでです。」


ルーカスは、席を立つ。


「これ以上の要件があるなら。」


一拍。


「王宮内で意思を統一してから、正式な外交文書を出してください。」


――今の王宮には、それができない。


代表が、かすれた声で問いかける。


「……失礼ですが。」


その目には、怯えがあった。


「貴方は、一体、何者なのですか」


ルーカスは、振り返らない。


「統括官です。」


短く。


そして、ほんの一瞬だけ、間を置く。


「――今は。」


その一言で、背筋が凍った。


使節団が退室した後も、しばらく誰も動けなかった。


ようやく、調整局の職員が息を吐く。


「……かなり、強く出ましたね。」


ルーカスは、窓の外を見たまま答える。


「理解しない相手には、これくらいでちょうどいいんだよ。」


声は、完全に平静だ。


だが。


(……二度と、近づくな)


胸の奥で、感情が噛み砕かれている。


(彼女に、指一本でも伸ばしたら)


(王宮だろうが、国だろうが――)


(全部、叩き潰す)


それを、顔には出さない。


出すわけがない。


「……また、来るでしょうか。」


職員が、恐る恐る尋ねる。


「来る。」


即答。


「だから、次は“返す”段階じゃない。」


低い声。


「届かせない。」


それは、交渉官の言葉ではなかった。


――完全に、守る側の人間の声だった。

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日付を跨いでしまいましたが追いつきました! 余計ごとではありますが、 作者様のお名前が「黒文字」であると、読者は「作者様の頁」にお名前をクリックするだけではとべません。 投稿の際の「作品設定」で「作…
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