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選ばれた側

扉が閉まった。


足音が、完全に遠ざかる。


その静けさを確認してから、ルーカスは、机に手をついた。


(……まさか)


胸の奥で、遅れて何かが弾ける。


(選ぶとしたら、出ていくと思っていた)

(それが、一番合理的で)

(――一番、彼女らしい判断だと)


だからこそ、選択肢を示した。

逃げ道を用意した。

自分から、手を離す覚悟で。


それが、

正しい上司の判断だと信じて。


――それなのに。


(……残る、のか)


喉の奥が、ひどく熱くなる。


息を吸うたび、胸の内側がざわつく。

抑えきれない感情が、遅れて、確実に形を持つ。


喜びがあった。

はっきりと。

否定しようのないほどに。


それは安堵ではない。

「よかった」で済ませられるものでもない。


(……選ばれた)


そう、理解してしまった瞬間に。


胸の奥で、ぞっとするほど甘いものが広がった。


思っていた以上だった。

思っていたより、ずっと生々しい。


同時に、腹の底から、重く粘ついた感情がせり上がる。


(……行かせなくていい)


理屈が追いつく前に、感情が先に結論を出す。


(もう、どこにも)


それが何なのか、考える必要すらなかった。


独占だ。

所有欲だ。

言い訳のしようもない、感情の塊。


もし今ここで、誰かが彼女を連れ出そうとしたら。

その瞬間、自分は――躊躇なく潰すだろう。


(……当然だろう)


胸の奥で、誰かがそう囁く。


(ここまで来て)

(ここまで判断を重ねて)

(それでも残ると言ったんだ)


(なら――)


その続きを、考える前に。


ルーカスは、ゆっくりと息を吐いた。

一度では足りず、もう一度。


(……だめだ)


歯を食いしばる。


これは、表に出してはいけない。

判断に混ぜてはいけない。


彼女が選んだのは、

「僕」ではない。


「場所」であり、

「仕事」であり、

「立つべき位置」だ。


そこを履き違えた瞬間に、

信頼も、選択も、すべてが壊れる。


机に手をつき、指に力を込める。

深く、息を吐き出す。


(……落ち着け)


選んでもらえた歓喜も、

逃がさずに済むという安堵も、


そして、「もう離さなくていい」という確信も――


全部、今は引き出しの奥だ。

鍵をかけて、重ねて、見ないふりをして。


これは、政治判断ではない。

だが、感情のままに動いていい段階でもない。


ルーカスは、胸の内で蠢くそれに、

無理やり、蓋をした。


叩きつけるように。

封じ込めるように。


――統括官としての理性で。


(……本当に)


(とんでもない子だ)


そう思いながらも。


その蓋を、二度と開けないつもりはなかった。

開ける時が来るとしたら――

それは、彼女が傷つけられた時だけだ。

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