初めての服屋
パン屋で朝食を済ませたあと、
エルフリーデはふと、自分の姿を見下ろした。
淡い灰青色のドレス。
袖口はほつれ、色もわずかに褪せている。
街を行き交う人々の中で、
やはり、ひとりだけ場違いだった。
――このまま歩くのは、目立つわね。
通りの角に、小さな衣料店があった。
木製の看板には、素朴な文字で〈仕立て・販売〉とある。
引き寄せられるように、扉を開けた。
店内には、布の匂いが満ちていた。
染料と、洗いたての生地が混じった、落ち着いた香り。
「いらっしゃい」
年配の女性が顔を上げる。
値踏みする視線はなく、ただ、客を見る目だった。
並ぶ服はどれも実用的だ。
麻や綿の、落ち着いた色合い。
派手さはないが、丈夫で、長く使えそうなものばかり。
エルフリーデは、少し迷ってから口を開いた。
「……旅に向く服は、どれでしょうか」
言葉にしてから、少しだけ間があった。
店主は一瞬、彼女を見て、
それから静かに頷く。
「旅なら、動きやすくて、洗いやすいのが一番だよ」
棚から、一着のチュニックを取り出す。
「丈は短めで、重ね着もしやすい。
布も丈夫だから、多少雑に扱っても平気さ」
続けて、落ち着いた色のスカートを示した。
「腰回りに余裕があるから、長く歩いても疲れにくい」
エルフリーデは、布を指でつまむ。
思っていたより、柔らかかった。
「……これを、お願いします」
代金を支払い、
奥の簡易的な更衣スペースを借りる。
ドレスを脱ぎ、丁寧に畳む。
何度も袖を通し、
何度も仕事をした服だ。
少しだけ手が止まって、
それから、新しい服に袖を通した。
軽い。
体を締め付ける感覚が、ない。
鏡に映るのは、
第三王女ではない姿だった。
少し疲れた顔をした、
特別ではない、ただの一人の女性。
「……」
声には出さない。
店を出ると、
通りの空気が、わずかに近く感じられた。
誰も、振り返らない。
誰も、気に留めない。
ドレスは小さく畳み、
革袋の底へしまう。
――しばらくは、これで。
エルフリーデは、
確かめるように一歩、踏み出した。




