↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
68/171

私はどうしたい?

夜。


連合商務調整局付属の職員寮は、ひどく静かだった。


廊下を行き交う足音もなく、どこかの部屋から聞こえるはずの生活音もない。

規則正しく配置された灯りだけが、一定の距離を保って点いている。


豪華ではない。

だが、粗末でもない。


最低限ではなく、「十分」と言えるだけの設備。

施錠は厳重で、警備の巡回も決まった時間に行われる。


――守られている場所だ。


エルフリーデは、窓辺に立ち、外の灯りを見下ろしていた。


港の方角に連なる光。

規則正しく並ぶ建物の輪郭。

どれも、落ち着いた秩序の中にある。


(……いつから、ここに居るのが当たり前になったのかしら)


問いは、自然と浮かんだ。


最初は、仮住まいだった。

身元保証が整うまでの、一時的な措置。


そう説明され、深く考えもせずに頷いた。

その時は、ここも通過点の一つに過ぎないと思っていた。


だが、気づけば。


荷物は少しずつ増え、持ち込んだ書類は整理され、机の上には、いつもの配置ができている。


必要最低限だったはずの部屋は、

いつの間にか「自分の生活」を受け入れる形を持ち始めていた。


仕事から戻り、鍵を開け、灯りを点ける。


外套を外し、机に書類を置き、明日の予定を頭の中でなぞる。


それが、日常になっていた。


(……逃げてもいい、と)


ふと、ルーカスの言葉が蘇る。


逃げる。

別の国。

別の場所。


選択肢としては、確かに存在する。

危険を承知で、別の庇護を選ぶこともできる。


けれど。


(行きたい、とは……思わなかった)


その事実に、静かに気づいてしまう。


連邦だからだろうか。

安全だからだろうか。

仕事があるからだろうか。


どれも理由にはなる。

だが、どれも決定打ではない。


ここでは――

仕事をする時、必ず線を引いてくれる人がいる。

判断をした後、前に立つ人がいる。


責任を押しつけず、功績を奪わず、それでも「一人で背負わせない」。


(……ずるいわね)


小さく、息を吐く。


これは、甘えだろうか。

それとも、信頼だろうか。


分からない。

だが、少なくとも一つだけ、はっきりしている。


これは――

「選ばされた結果」ではない。


自分で考え、

自分で判断し、自分の足で、ここに立っている。


そう言えるだけの余地が、まだ残されている。


エルフリーデは、静かに窓を閉めた。


夜気が遮断され、室内の灯りが、やわらかく壁を照らす。


灯りを落とし、ベッドに向かう。


明日も、仕事はある。

判断も、会議も、終わらない。


それでも。


(……選ぶなら)


(誰かの都合じゃなく)


(ちゃんと、自分で選びたい)


その思いだけが、静かに、確かに、胸の奥に残っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。