幕間 もう役に立たない駒
王宮・第一王女の居室。
昼だというのに、カーテンは閉め切られていた。
誰も開けないからだ。
「……まだ?」
セラフィーナは、寝椅子に横になったまま、苛立ちを滲ませた声を出す。
返事はない。
呼び鈴は、すでに三度鳴らしている。
それでも、侍女は入ってこなかった。
(……何よ)
以前なら、鈴を鳴らす前に人がいた。
鳴らせば即座に二人、三人が駆けつけた。
今は――
一拍。
二拍。
それでも、何も起きない。
ようやく扉が開いたのは、五分以上経ってからだった。
入ってきたのは、若い侍女一人。
視線は伏せたまま、距離を保って立っている。
「遅い!」
反射的に怒鳴る。
「申し訳ございません、王女殿下。」
声音は、低く、事務的だった。
「お茶は?」
「……本日は、控えるよう仰せつかっております。」
一瞬、意味が分からなかった。
「は?」
侍女は、感情を交えずに続ける。
「王妃陛下より――本日以降、夜会・訪問・外出の予定は、すべて取り消すように、と。」
空気が、凍る。
「……何を言っているの。」
「“これ以上、余計な醜聞を広げるな”とのことです。」
はっきりと。
逃げ場のない言い方だった。
セラフィーナは、勢いよく身を起こす。
「醜聞? 私が? 冗談でしょう、あれはただ――」
「命令です。」
侍女の声は、変わらない。
「王女殿下は、当面の間、この部屋でお過ごしください。」
「……待機?」
「はい。」
別の言い方をすれば、出るなという意味だ。
「……軟禁じゃない。」
思わず、そう零す。
侍女は、ほんの一瞬だけ、言葉を選ぶ間を置いた。
「“自室待機”と、通達されております。」
言い換えただけだ。
セラフィーナは、笑った。
乾いた、短い笑いだった。
「……ふざけないで。」
第一王女だ。
王女である自分に、そんな扱いをしていいはずがない。
「夜会は? 招待状は?」
「すべて、お断りしております。」
「誰の判断で?」
「王妃陛下です。」
その一言で、喉が詰まる。
母は、味方のはずだった。
少なくとも、表向きは。
「……私は、何もしていないわ。」
「承知しております」
「だったら――」
「“していないからこそ”、だそうです。」
セラフィーナの言葉が、止まる。
侍女は、淡々と告げる。
「今の殿下は、“社交の場に出す理由がない”と判断されました」
――理由が、ない。
怒りより先に、理解できないという感情が来た。
社交界は、王女が出る場所だ。
第一王女がいれば、場は回る。
そう信じてきた。
「……そんなの、勝手すぎるわ。」
「王妃陛下は、“これ以上、王女としての価値を下げるな”と。」
価値。
その言葉が、胸に突き刺さる。
政略結婚の駒。
社交の象徴。
国の顔。
――それらすべてから、外された。
「……下がりなさい。」
声が、震えないように言う。
侍女は、一礼して部屋を出た。
扉が閉まる。
鍵の音が、したかどうかは分からない。
だが、セラフィーナには、はっきりと聞こえた気がした。
(……出られない)
窓の外では、馬車の音がする。
誰かが、どこかへ向かっている。
夜会の準備かもしれない。
――自分のいない、夜会。
「……おかしいわ。」
ぽつりと呟く。
「私は、第一王女なのに。」
返事はない。
世界は、もう答えを返さない。
社交界は、静かに彼女を切り捨てた。
騒ぎも、断罪もなく。
ただ、使わなくなっただけだ。
セラフィーナは、その意味をまだ理解していない。
理解した時には、
戻る場所は、もう残っていない。




