雑務王女として国を回していたら追放されたので、通商連邦で本気出します【カクヨム同時連載中】

今後の動き

執務室の空気は、先ほどよりも落ち着いていた。

重たい事実は出揃った。

残っているのは――どう動くか、だ。

ルーカスは机の端に腰を預け、腕を組む。

視線はエルフリーデから外さない。

「……正直に言うね。」

一瞬だけ言葉を探すように、息を整える。

「このまま君を“ただの調整局の一員”として置いておくのは、危険だ。」

断定だった。

だが、命令ではない。

「今日みたいな接触は、これで終わりじゃない。むしろ、始まったばかりだと思ってる。」

エルフリーデは、小さく頷いた。

「……私も、そう感じています。」

ルーカスは続ける。

「だから、今後は――君に“立場が残る仕事”を回したい。」

エルフリーデの眉が、わずかに寄る。

「立場、ですか。」

「うん。」

「補助や裏方じゃない。記録に残る、責任の所在が明確な仕事だ。」

それは、守るために隠すという発想を捨てた言葉だった。

危険を承知の上で、あえて光の下に立たせる。

その覚悟が、声の端に滲んでいる。

「ただし。」

視線が鋭くなる。

「責任は、全部僕が取る。」

その言葉に、エルフリーデの表情が変わった。

「……それは、いけません。」

即座だった。

迷いも、逡巡もない。

エルフリーデは、はっきりと首を振る。

「私の仕事で生じた責任を、すべてルーカス様が負うなんて……」

言葉を選んでいる。

だが、引く気はない。

それは遠慮でも、建前でもなかった。

立場を与えられるということは、裁量と同時に、責任を負うということだ。

名だけを掲げ、失敗だけを他人に押しつける。

そんな立場を、彼女はよく知っている。

（……あれと、同じになる）

胸の奥に、冷たいものが落ちる。

判断は誰かに任せ、結果が悪ければ「知らなかった」と言える――

そんな姿を、彼女は王宮で何度も見てきた。

それだけには、なりたくない。

「それでは、立場を与えられる意味がありません。」

静かな声だった。

だが、その言葉には重みがあった。

守られるだけの駒になるつもりはない。

名前だけを使われる存在にもならない。

――仕事をする以上、責任は自分のものだ。

その覚悟が、揺らぎなくそこにあった。

ルーカスは、少しだけ目を細める。

それは思案の仕草ではない。

決意を固めた時の、静かな合図だった。

「違うよ。」

声は低く、落ち着いている。

だが、譲る余地は一切ない。

「それでいい。」

エルフリーデが言い返そうとした、その前に。

「部下の責任を取るのが、上司の仕事だ。」

きっぱりとした断言。

理想論でも、慰めでもない。

「君に仕事を任せるってことは、結果に対して“僕が前に立つ”ってことでもある。」

それは、守るという宣言ではなかった。

役割を明確にするための言葉だった。

一拍置いて、続ける。

「責任を背負わせるために、立場を与えるんじゃない。」

視線が、真っ直ぐに定まる。

「君が安心して判断できる場所を作るためだ。」

エルフリーデは、言葉を失った。

責任を負わされることに、慣れていないわけじゃない。

むしろ、その逆だ。

王宮では、常に自分が矢面に立ち、失敗も成功も、等しく引き受けてきた。

――だからこそ。

誰かが当然のように「前に立つ」と言うことが、こんなにも重い選択だとは、思っていなかった。

守られている、という感覚ではない。

逃がされているわけでもない。

（……これは）

――そういう話だ。

一瞬で理解する。

責任から遠ざけられたのではない。

危険から外されたのでもない。

――同じ場所に、立たされたのだ。

判断の場に。

結果が返ってくる場所に。

その前に、ルーカスが立つと言っただけで。

（……引き受けられている）

その重みを、ようやく実感する。

それは、庇護ではない。

信頼だ。

立場を与えられるということは、「逃げ場を用意される」ことではなく、「逃げずに立てる場所を示される」ことなのだと。

言葉が、出なかった。

ただ、視線を上げる。

そこには、

この状況を軽く扱う気のない目をしたルーカスがいた。

「……それでは、ルーカス様の負担が……」

「増えるよ。」

即答だった。

「間違いなく。」

苦笑する。

「でも、それを承知で上に立ってる。」

そして、少しだけ肩をすくめた。

「君だけ特別扱いしてるわけじゃない。――そういう仕事の仕方を、僕は選んでる。」

エルフリーデは、しばらく黙り込む。

反論を探しているようで、同時に、その言葉の重さを量っているようでもあった。

やがて、静かに口を開く。

「……分かりました。」

視線を上げる。

「その代わり。」

一呼吸。

「判断に迷う時は、必ず相談します。一人で抱え込みません。」

ルーカスは、すぐには返事をしなかった。

それは迷いではなく、言葉を選ぶ間だった。

それから、ほんの少しだけ口元を緩める。

笑みというより、力が抜けた表情だ。

「……それを言われるとは思ってなかった。」

正直な声だった。

「普通は、もう少し格好をつけるか、逆に全部背負おうとするところだ。」

視線を合わせる。

「でも、君は違う。」

短く、息を吐く。

「だから――信頼できる。」

評価ではない。

確認に近い言葉だった。

エルフリーデは、何も言わない。

ただ、一度だけ、はっきりと頷く。

それで十分だと、二人とも分かっていた。

「じゃあ、決まりだ。」

視線を合わせる。エルフリーデは、深く一礼した。

「よろしくお願いいたします、ルーカス様。」

彼は、ほんの少しだけ目を細める。

「こちらこそ。――君を預かる以上、中途半端なことはしない。」

執務室に、静かな合意が落ちる。

それはまだ、形のない約束だ。

だが確かに――

二人は、同じ盤面に立った。