接触
午後。
連合商務調整局本部の一角、来客用の小さな応接室。
会議用ほど堅くはなく、雑談用には少し改まりすぎている。
――“正式ではない話”をするのに、ちょうどいい部屋だった。
エルフリーデは、入口近くの席に腰を下ろしていた。
机の上には、茶と簡単な菓子。
だが、資料は置かれていない。
(……確認、ではないわね)
そう判断する。
向かいに座るのは、地方都市を治める貴族家の補佐官。
肩書きは控えめだが、仕立ての良い服と無駄のない所作が目につく。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます。」
丁寧な挨拶。
だが、必要以上にへりくだらない。
「いえ。」
エルフリーデは、同じ温度で返す。
「こちらこそ。ご用件は?」
補佐官は、一瞬だけ間を置いた。
視線を落とし、茶に手を伸ばす。
「……まず、非公式な話であることをお許しください。」
前置き。
(非公式…)
エルフリーデは表情を変えない。
だが、内側では一段、警戒を上げる。
「最近、いくつかの調整で、あなたのお名前を拝見しました。」
“拝見した”。
評価でも、噂でもない言い方。
「書類の整え方。場の収め方。判断の置きどころ」
一つ一つは、淡々としている。
持ち上げる響きは、ない。
「連合商務調整局の中でも、少し……異質だと感じまして。」
異質。
褒め言葉にも、警戒にも取れる単語。
「それで。」
補佐官は、やっと視線を上げた。
「一度、あなた個人のご意見を伺えればと。」
ここで、エルフリーデの指がわずかに止まる。
(……“個人”?)
「私個人、ですか。」
確認するように聞き返す。
「ええ」
即答だった。
「正式な案件ではありません。ただの、参考意見です。」
“参考”。
“非公式”。
“個人”。
逃げ道だらけの言葉。
(……これ)
胸の奥に、王宮で何度も嗅いだ空気が蘇る。
――立場を外した顔合わせ。
――責任を伴わない言葉。
――しかし、意味だけは重い打診。
(まさか)
一瞬、思考が走る。
(……引き抜き?)
すぐに、自分で否定する。
(いいえ。そんなはずない)
(私は、ただの調整局の一員で)
(肩書きだって、低い)
でも。
(……でも、この言い方は)
補佐官は、畳みかけない。
沈黙を、急かさない。
それが逆に、答えを待っている証拠だった。
エルフリーデは、ゆっくりと息を整える。
そして、王宮で身につけた“最も安全な返し”を選ぶ。
「恐れ入りますが。」
声は柔らかく、距離を保ったまま。
「そのようなお話は、正式な立場を通していただけますか。」
断ってはいない。
受けてもいない。
ただ、線を引いただけだ。
補佐官は、一瞬だけ目を細め――
すぐに、納得したように頷いた。
「……なるほど。」
その反応で、確信する。
(やっぱり、そういう話だわ)
「失礼しました。」
補佐官は立ち上がる。
「本日は、これで」
「はい」
エルフリーデも、立つ。
扉が閉まり、足音が遠ざかる。
一人になった瞬間、ようやく小さく息を吐いた。
(……考えすぎ、よね)
そう思いたい。
でも。
(……一人で抱える話じゃ、ない気もする)
その感覚だけが、静かに残った。




