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変わり始める周囲

数日が過ぎた。


連合商務調整局本部の空気は、変わらず静かだ。

業務の流れも、配置も、以前と同じ。


けれど――

最近、妙な“間”が増えた。


エルフリーデが廊下を通る時。

会議室に入ってくる時。

書類を渡すために顔を上げた、その一瞬。


視線が、ほんのわずか遅れる。


「……なあ」


昼下がり、帳簿を閉じながら、若い調整官が小声で言った。


「エルフリーデ殿って、前から……あんな顔だったか?」


「どんな顔だよ」


「いや、その……」


言葉に詰まる。


以前の印象が、曖昧なのだ。

疲れていた。まるでこき使われた使用人だった。

それは、はっきり覚えている。


髪は常にまとめられ、肌は白いのに血色がなく、

目元には、仕事の疲れが残っていた。


――“有能な裏方”。


それ以上でも、それ以下でもなかった。


「最近さ」


別の調整官が、視線を外しながら言う。


「ちゃんと見たら……整ってないか?」


否定は、出なかった。


エルフリーデは、派手な美人ではない。

だが、顔立ちは端正で、線が細い。


長い睫毛に縁取られた瞳は、色が淡く、

視線を伏せると柔らかく、上げると凛とする。


仕事中はほとんど表情を変えないが、

その分、口元の動きや目線の流れが際立つ。


「……若いよな」


「そりゃ若いだろ」


「いや、そうじゃなくて」


言い直す。


「ちゃんと、“年相応”になってきた感じがする」


睡眠が足りている。

食事を抜いていない。

無理な残業をしていない。


それだけで、人はここまで変わるのか――

そんな戸惑いが、声の端に滲んでいた。


「海の向こうの人、って感じもしないか?」


「分かる。連邦っぽくない。」


「どこか……異国っぽい。」


誰かが言って、全員が納得する。


落ち着いた佇まい。

所作が静かで、無駄がない。

姿勢が良く、歩き方に癖がない。


育ちの良さが、隠せていない。


「……今まで、誰も気づかなかったのかよ。」


ぼそりと漏れた言葉は、半分、自分たちへの呆れだった。


その時。


少し離れた場所で、書類を確認していたルーカスが、

ページを一枚めくった。


それだけの動作だ。

顔も上げない。


だが――


(今さら、何を見てたんだ)


内心で、そう思ったかどうかは分からない。


ただ一つ確かなのは、

彼にとってエルフリーデは、


「疲れ切った使用人」だった時も、「本来の面影が戻ってきた今も」、同じ位置にいたということだ。


変わったのは、彼女ではない。


周囲の“視力”が、ようやく合っただけだ。


エルフリーデは、そんなことを知らない。


今日も、机に向かい、淡々と書類を読み、必要な箇所に短い言葉を書き添えている。


ただ、それだけ。


それだけなのに。


今までより、確実に――

“見られている”。


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