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異国料理

仕事帰り。


夕方の街は、昼間より少しだけ雑多だった。

商人の呼び声、荷を運ぶ音、人の流れ。


エルフリーデとルーカスは、並んで歩いていた。

特別な用事があるわけではない。

ただ、帰る方向が同じだっただけだ。


通りを曲がった、その時。


ふっと、空気が変わる。


鼻をくすぐる、少し刺激のある香り。

甘さよりも、香辛料の強い匂い。

この辺りでは、あまり馴染みのない香りだった。


ルーカスの足が、止まった。


ほんの一瞬。

自分でも気づいていないような、自然な動き。


エルフリーデは、二歩ほど進んでから気づき、振り返る。


「……?」


ルーカスは、何も言わない。

視線は前。

ただ、その店の前に立っている。


一拍。


沈黙。


街の音だけが、二人の間を流れた。


エルフリーデは、少し考えてから口を開く。


「……お腹、空きました?」


問いかけは、軽い。

探るようでも、冗談でもない。


ルーカスは、一瞬だけ目を瞬いた。


本当に、一瞬。


それから、いつものように笑う。

口元だけで、誤魔化すように。


「……ばれたか。」


肩をすくめる。


「母の国の味なんだ。こういう匂い。」


店先から漂う香りを、ちらりと見る。


「ここね、一人だと軽いものだけ頼んで出ることが多くてさ」


言い訳するでもなく、照れるでもなく。

ただ、事実を置くような声だった。


「落ち着いて食べる気分になれない日が、わりと多いんだ」


それから、少しだけ調子を戻す。


「よかったら、一緒にどう?」


すぐに、続ける。


「無理なら、いいよ。」


あっさりと。

引き止める気配はない。


エルフリーデは、少しだけ目を伏せた。


一瞬、考える。


それから、顔を上げる。


「……大丈夫です。」


はっきりした声。


「王宮でも、香辛料の強い料理は何度か出ました。」


東方の国との会食で食べた料理を思い出す。


「特に、クローブと八角を使った煮込みは……嫌いじゃありませんでした」


思い出すように、ほんの少しだけ視線が揺れる。


「ですから。」


小さく、付け足す。


「私でよけれは、ご一緒します。」


ルーカスは、今度こそはっきりと驚いた。


誤魔化さない。

笑って流さない。


「……そうなんだ。」


それから、ゆっくりと笑う。


「じゃあ。」


一歩、店の方へ向き直る。


「少しだけ、付き合ってもらおうかな。」


誘いは、それだけだった。


エルフリーデは、小さく頷く。


二人で、店の扉を押す。


香りが、さらに濃くなる。


――仕事ではない時間が、静かに、確かに始まった。

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