いつの間にか
地方貴族との顔合わせ以降、エルフリーデはルーカスと行動を共にすることが増えた。
意図して決めたわけではない。
会議に同席し、書類を一緒に確認し、現地に同行した結果、「次も、そのまま一緒に」という流れが自然にできただけだ。
今日もその一つだった。
徒歩圏内にある商会での確認。
急ぎではないが、後回しにするほどでもない案件。
「馬車出すほどじゃないね。」
ルーカスがそう言って、外套を肩に掛ける。
「歩こうか。」
確認でも命令でもない。
当然の選択肢として差し出される。
「はい。」
エルフリーデは頷き、隣に並んだ。
街はまだ明るい。
港に近い通りは人も多く、商人の声が重なっている。
歩き出してすぐ、気づく。
――歩調が、合っている。
合わせようとしたわけではない。
速すぎず、遅すぎず。
ただ、同じ速さで進んでいる。
「さっきの商会。」
ルーカスが、前を向いたまま言う。
「帳簿の付け方、癖が強かったね」
「ええ。」
エルフリーデも、視線は前のまま。
「数字は合っていましたが、説明が足りませんでした。」
「うん。だから、ああいう時は。」
少しだけ間を置く。
「“間違ってる”じゃなくて、“分かりにくい”って言う方がいい。」
教えるというより、共有に近い言い方だった。
「……王宮でも、そうでした。」
思わず口をついて出た言葉に、エルフリーデは少しだけ驚く。
ルーカスは、興味深そうに首を傾けた。
「へえ。」
それ以上は聞かない。
掘り下げもしない。
代わりに、ふっと笑う。
「君、ああいう場、苦手じゃなさそうだね。」
評価でも質問でもない。
観察の結果を、ぽつりと置いただけ。
「……慣れていただけです。」
「慣れ、か。」
含みのある響き。
通りが少し狭くなる。
人の流れを避けるように、ルーカスが半歩前に出る。
自然と、エルフリーデは内側に入る形になった。
近い。
肩が触れるほどではない。
だが、外套の布がかすかに揺れる距離だ。
「疲れてる?」
唐突に聞かれた。
「いえ」
即答する。
「仕事自体は、問題ありません」
「そっか」
それだけで終わる。
無理に気遣わない。
でも、見ていないわけでもない。
それが、妙に居心地がよかった。
商会の建物が見えてくる。
「今日は、ここまでだね」
ルーカスが言う。
「この後は?」
「戻って、報告書をまとめます」
「了解」
足を止める。
「じゃあ、また明日」
軽い調子。
けれど、どこか当たり前のように。
「はい。お疲れさまでした。」
別れる。
それだけのことなのに。
数歩進んでから、エルフリーデは気づいた。
――さっきまで、隣に人がいた。
それが、少しだけ名残惜しい。
理由は分からない。
仕事は終わった。
何も起きていない。
――こういう感覚自体が、久しぶりだった。
王宮では、常に役割が先にあった。
調整役として、補佐として、間に立つ者として。
誰かと並んで歩く時でさえ、そこに「仕事」があった。
誰か一人を、ただ“隣にいる人”として意識することは、
いつの間にか、しなくなっていた。
ただ。
(……一緒に歩くの、普通になってきてる)
そう思った瞬間、
胸の奥が、静かにざわついた。




