帰りの馬車 2
馬車が再び走り出す。
さっきまでの慌ただしさが嘘のように、車内は静かだった。
揺れは一定で、外の音も遠い。
エルフリーデは、窓の外を眺めていた。
「……さっきの対応。」
不意に、向かいから声が落ちてくる。
「王宮では、ああいう場面も“仕事”だった?」
問いは軽い。
だが、ただの世間話ではない。
「はい。」
エルフリーデは、少し考えてから答えた。
「視察中の事故や、式典前の小さな混乱は、よくありました。」
「なるほど。」
ルーカスは、頷く。
「だから、誰から先に確認するかを、迷わなかった。」
感想に近い。
「慣れていただけです。」
「それを、慣れで済ませるのがすごいんだけどね。」
冗談めかした言い方だった。
だが、どこか本音が混じっている。
しばらく、沈黙。
馬車が段差を越え、かすかに揺れる。
「……地方は、どう?」
今度は、完全に雑談だった。
「王都と比べて、空気が違います。」
「悪くない?」
「ええ。」
即答だった。
「人の距離が、分かりやすいです」
ルーカスは、少しだけ笑った。
「それ、嫌う人も多いんだけど。」
「私は、好きです。」
言い切った後で、少しだけ言葉を足す。
「…王都は、距離が分かりにくいので。」
「……たしかに」
その返事は、やけに静かだった。
「仕事ではあるけど、こういう遠出は嫌いじゃない。」
暗い話題を変えるように、ルーカスが言う。
「食べ物も、土地ごとに違うし」
エルフリーデは、そこで視線を向ける。
「お食事、ですか?」
「うん。」
少しだけ、間が空く。
「連邦の料理も美味しいんだけれどね。」
言い方が曖昧だった。
「……ルーカス様は?」
「僕?」
一瞬、言葉を選ぶ気配。
「母の国の料理の方が、落ち着くかな。」
それ以上は、説明しない。
だが、“あまり一緒に食べる人がいない”という含みだけは、残る。
エルフリーデは、すぐには返さなかった。
代わりに、静かに言う。
「王宮では、各国の料理をいただく機会が多かったです。」
「へえ。」
「味に慣れるのも、仕事でしたから。」
淡々とした口調。
ルーカスは、ほんの一瞬、目を細めた。
「……それ、今度聞いてもいい?」
誘いではない。
約束でもない。
ただ、先の話を置いただけだ。
「ええ。」
エルフリーデは、自然に頷いた。
「機会があれば。」
馬車は、王都へ向かう街道に戻りつつある。
距離は、さっきより少しだけ遠い。
けれど、空気は確実に変わっていた。
――仕事の話じゃない言葉が、残った。
それだけで、十分だった。




