表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/70

帰りの馬車 2

馬車が再び走り出す。


さっきまでの慌ただしさが嘘のように、車内は静かだった。

揺れは一定で、外の音も遠い。


エルフリーデは、窓の外を眺めていた。


「……さっきの対応。」


不意に、向かいから声が落ちてくる。


「王宮では、ああいう場面も“仕事”だった?」


問いは軽い。

だが、ただの世間話ではない。


「はい。」


エルフリーデは、少し考えてから答えた。


「視察中の事故や、式典前の小さな混乱は、よくありました。」


「なるほど。」


ルーカスは、頷く。


「だから、誰から先に確認するかを、迷わなかった。」


感想に近い。


「慣れていただけです。」


「それを、慣れで済ませるのがすごいんだけどね。」


冗談めかした言い方だった。

だが、どこか本音が混じっている。


しばらく、沈黙。


馬車が段差を越え、かすかに揺れる。


「……地方は、どう?」


今度は、完全に雑談だった。


「王都と比べて、空気が違います。」


「悪くない?」


「ええ。」


即答だった。


「人の距離が、分かりやすいです」


ルーカスは、少しだけ笑った。


「それ、嫌う人も多いんだけど。」


「私は、好きです。」


言い切った後で、少しだけ言葉を足す。


「…王都は、距離が分かりにくいので。」


「……たしかに」


その返事は、やけに静かだった。


「仕事ではあるけど、こういう遠出は嫌いじゃない。」


暗い話題を変えるように、ルーカスが言う。


「食べ物も、土地ごとに違うし」


エルフリーデは、そこで視線を向ける。


「お食事、ですか?」


「うん。」


少しだけ、間が空く。


「連邦の料理も美味しいんだけれどね。」


言い方が曖昧だった。


「……ルーカス様は?」


「僕?」


一瞬、言葉を選ぶ気配。


「母の国の料理の方が、落ち着くかな。」


それ以上は、説明しない。

だが、“あまり一緒に食べる人がいない”という含みだけは、残る。


エルフリーデは、すぐには返さなかった。


代わりに、静かに言う。


「王宮では、各国の料理をいただく機会が多かったです。」


「へえ。」


「味に慣れるのも、仕事でしたから。」


淡々とした口調。


ルーカスは、ほんの一瞬、目を細めた。


「……それ、今度聞いてもいい?」


誘いではない。

約束でもない。


ただ、先の話を置いただけだ。


「ええ。」


エルフリーデは、自然に頷いた。


「機会があれば。」


馬車は、王都へ向かう街道に戻りつつある。


距離は、さっきより少しだけ遠い。

けれど、空気は確実に変わっていた。


――仕事の話じゃない言葉が、残った。


それだけで、十分だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ