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顔合わせ

馬車を降りると、石造りの屋敷が目に入った。

王都ほどの華やかさはないが、手入れは行き届いている。


――誇りはある。

――だが、余裕は、あまり感じられない。


エルフリーデは、そう判断した。


玄関前で出迎えたのは、地方領主・グラーヴェン子爵。

年の頃は五十前後。背筋は伸びているが、視線が忙しなく動く。


「遠路、ようこそお越しくださいました。」


形式通りの挨拶。

だが、声の端に硬さがある。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。」


ルーカスが一歩前に出る。


「連合商務調整局を代表し、御礼申し上げます。」


語調は丁寧。

言葉遣いも、完璧に礼を尽くしている。


だが、下手には出ない。


“対等な立場での訪問”だと、最初から示していた。


「こちらは、今回の視察に同行しているエルフリーデ殿です。」


紹介され、エルフリーデは一歩だけ前に出る。


深くは下げない。

だが、軽く顎を引き、視線を合わせる。


王宮で、何百回と繰り返した角度だ。


「お目にかかれて光栄です、子爵閣下。」


声は柔らかいが、曖昧ではない。


グラーヴェン子爵は、一瞬だけ目を瞬いた。


――想定より、落ち着いている。


そんな反応だった。


応接室に通され、席に着く。


位置取りは、自然とルーカスが中央。

エルフリーデは、ルーカスの斜め後方にあたる端の席に座っていた。

正面ではないが、卓全体は見渡せる位置だ。


前に出ない。

だが、完全に脇役にもならない。


地方貴族が一番測ってくる位置だ。


「今回は、形式上は視察とのことですが。」


子爵が切り出す。


「実際には、今後の連携を見据えた顔合わせ、と理解しております。」


探るような言い方。


ルーカスは、穏やかに頷いた。


「はい。その認識で問題ございません。」


即答だが、説明はしない。


子爵は、わずかに眉を動かす。


――圧をかけても、崩れない。


そこで、視線がエルフリーデに向く。


「……失礼ですが。」


少しだけ、声色が変わる。


「こちらの方は、どのようなお立場で?」


露骨な値踏みだった。


エルフリーデは、答えない。


ルーカスでもない。


代わりに、エルフリーデが静かに口を開く。


「本日は、現地の運用やお考えを伺うために同行しております。」


へりくだらない。

だが、出しゃばらない。


「書類では見えない部分を、拝見できればと。」


“評価しに来た”とは言わない。

“教えてほしい”とも言わない。


対話の形を取る。


子爵は、わずかに息を吐いた。


「……なるほど。」


警戒が、一段階下がる。


その後の会話は、穏やかに進んだ。


表向きは、視察。

実際は、港道の維持費、徴税の負担、周辺領との関係。


会話が進むにつれ、子爵の言葉は慎重さを保ったまま、少しずつ回り道を始める。


維持費の話。

輸送路の老朽化。

書面では整理されているが、どれも歯切れが悪い。


「……こちらとしても、無理を申し上げたいわけではないのです」


子爵はそう前置きしてから、続けた。


「ただ、現場の声が、どこまで届いているのか……」


言葉が、ふっと途切れる。


エルフリーデは、すぐには口を開かなかった。


一呼吸分、間を置いてから、静かに言う。


「中央からの指示や通知が、実情に即していないと感じられる場面が――」


そこで、言葉を切る。

そう言い切ってしまえば、責める形になる。


断定しない。

主語も置かない。


「おあり、なのでしょうか。」


問いかけの形だった。


子爵は、一瞬だけ目を伏せ、それからゆっくりと頷いた。


「……ええ。」


短い肯定。


それだけで、十分だった。


ルーカスは、そのやり取りを遮らない。


代表として前に出ているが、今は“譲る”判断をしている。


エルフリーデは、さらに踏み込まない。


「もし、こちらで把握しておくべき点があれば。」


やはり、言い切らない。


「今後の調整の参考として、伺えればと存じます。」


子爵の肩から、力が抜けた。


「……そうですね。」


それは、最初の形式的な応答とは違う声だった。


ルーカスは、その様子を黙って見ていた。


――話を“聞いてもらえた”と感じさせた。


それだけで、人は驚くほど協力的になる。


王宮仕込みだ。

間違いない。


話が一段落したところで、子爵が言う。


「本日は……思ったより、有意義でした。」


率直な言葉だった。


ルーカスは、軽く頭を下げる。


「そう言っていただけて、光栄です。」


そして、ほんの少しだけ間を置く。


「今後とも、良い関係を築ければと存じます。」


その言葉に、子爵はしっかりと頷いた。


顔合わせは、成功だった。


屋敷を出た後。


エルフリーデが何か言う前に、ルーカスが口を開く。


「助かったよ。」


声は低いが、はっきりしている。


「正直、もう少し難航するかと思ってた。」


評価はする。

だが、持ち上げすぎない。


「いえ。」


エルフリーデは、首を振る。


「よくある性格の方でしたから。」


それだけ。


ルーカスは、少しだけ目を細めた。


(……本当に、よくある、で済ませるんだな)


その事実が、妙に印象に残った。


仕事としては、ただの成功例。


だが――

彼女が“何を基準に人を見るか”は、はっきり見えた。

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