表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/68

出張

午前。


連合商務調整局本部は、いつも通り静かだった。

書類の擦れる音と、低い声のやり取りだけが、一定のリズムで続いている。


エルフリーデは机に向かい、写しに目を通していた。

地方都市セルヴァ。

小規模商会との確認作業。


――視察、ね。


そんなふうに考えていると、視界の端に影が差した。


「エルフリーデ」


少し間を置いた、低い声。


顔を上げると、ルーカスが立っていた。

書類を数枚抱え、肩の力を抜いた立ち方。


「今、ちょっといい?」


断る余地を残す言い方だが、

立ち去る気はなさそうだった。


「はい。」


椅子から立ち上がると、彼は自然に歩き出す。

向かったのは会議室ではなく、廊下脇の簡易スペースだった。


「地方都市セルヴァの件。」


書類を開きながら、軽い口調で続ける。


「形式上は視察。実際は顔合わせかな。」


「現地の貴族も来ますか?」


「来るよ。しかも、ちょっと厄介なタイプ。」


笑っているが、冗談ではない。


「書類の話じゃない、って顔ですね。」


「鋭い。」


即座に返して、目を細める。


「向こうはね、内容より“扱われ方”を見る。言い方一つで拗ねるし、逆に懐く。」


一拍。


「だからさ。」


書類から視線を上げて、エルフリーデを見る。


「君に同行してほしい。」


“頼み”の形をしているが、もう決まっている響きだった。


エルフリーデは、少し考えてから頷く。


「日程は?」


「一泊二日。明日の朝出発」


「早いですね」


「急ぎなんだ。ごめんね」


軽く言うが、謝罪の色は薄い。


「移動は?」


「馬車」


そこで、ルーカスはほんの一瞬だけ言葉を切った。


「……席の関係で、僕と同じ馬車になる」


説明というより、事後報告に近い。


「他の方は?」


「別便。荷物と人数の都合」


肩をすくめる。


「嫌だったら言って。今なら、どうにか――」


「大丈夫です」


即答だった。


その反応を見て、ルーカスは楽しそうに口元を緩める。


「そっか、よかった。」


一言だが、どこか含みがある。


「現地ではね。」


書類を閉じながら続ける。


「無理に前に出なくていい。書類は他がやるし、決めるのも僕」


視線だけで、距離を詰めてくる。


「君は、場を見てくれればいい。」


「見るだけ、ですか。」


「うん。見るだけ。」


言い方が、妙に意味深だった。


「……必要なら、ひとこと添える。」


それで十分だと分かっている言い方。


「分かりました。」


そう答えると、ルーカスは満足そうに頷いた。


「じゃあ決まり。」


踵を返しかけて、思い出したように付け足す。


「朝は早いよ。本部前に馬車出すから。」


「はい」


「寝坊しないでね?」


冗談めかした口調で言って、今度こそ歩き出す。


残されたエルフリーデは、少し遅れて息を吐いた。


――仕事だ。


ただの出張。

ただの同行。


そう分かっているのに、

「同じ馬車」という言葉だけが、妙に後を引く。


(……やっぱり、距離が近くないかしら?)


そう思ったが、彼がああいう人なのだ、と結論づけて、机に戻った。


文字を追う目は、ほんの少しだけ、落ち着かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ