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小さな茶席

午後。


連合商務調整局本部の一角にある、小さな応接室。

窓は港に面しており、外の喧騒はガラス越しに柔らかく削がれている。


卓の上には、湯気の立つポットと、人数分のカップ。

形式張った会議ではない。

だが、完全な雑談でもない。


――セルトリア自由公国からの関係者を交えた、軽い茶席。


書類はすでに揃っている。

話す内容も、決まっている。


あとは――

滞らずに進むかどうかだけだ。


「堅苦しい場ではありませんので」


調整官がそう前置きして、席を勧める。


エルフリーデは、言われた通りの位置に腰を下ろした。

背筋は伸ばすが、張りすぎない。

椅子の背に体重を預けるほど、崩しもしない。


その姿勢のまま、カップに手を伸ばす。


持ち上げる動作に、迷いがない。

取っ手の角度も、指の位置も、自然だ。


砂糖壺の位置が、少し遠い。

一瞬だけ視線が動く。


直そうとして――やめた。


代わりに、隣の客が手を伸ばすのを見てから、ほんの少しだけ、壺を手前に寄せる。


誰にも気づかれない程度。

けれど、取りやすくなる位置だ。


「助かります」


セルトリア側の男が、何気なく言った。


「いえ」


エルフリーデは、笑わない。

ただ、柔らかく目を伏せる。


エルフリーデがカップをソーサーに戻す音は、しなかった。


周囲の何人かが、無意識に自分の手元を見る。

音を立ててしまったことに、今さら気づいたように。


会話は、穏やかに進む。


話題は、港湾保険の更新条件。

運用上の確認事項。


セルトリア側の説明が、少し長くなる。

言葉が、回り始める。


エルフリーデは、口を挟まない。


ただ、要点が出た瞬間に、視線を調整官の方へ送る。


「……つまり、事故時の初動は監督局で?」


調整官が、自然に拾う。


「ええ。そこまでは即時です」


話が、元の線路に戻る。


カップが空き始めた頃、セルトリア側の一人が、言葉を探していた。


少し、間が空く。


エルフリーデは、給仕に目配せする。

ほんの一瞬。


茶が注がれる音が入り、沈黙が“区切り”に変わる。


「……続けます」


相手は、そう言って話を再開した。


誰も、違和感を覚えない。

だが、止まりかけた空気は、確実に流れた。


茶席は、予定通りの時間で終わった。


「今日は、ありがとうございました」


セルトリア側の言葉は、形式的だ。

だが、声の調子は穏やかだった。


「こちらこそ」


エルフリーデは、短く答える。

それ以上、何もしない。


片付けが始まり、人がまばらになる。


ルーカスは書類をまとめながら、ふと彼女を見る。


(……王宮仕込みだな)


そう思ったが、口にはしない。


本人が、それを“特別な技術”だと思っていないことは、

もう分かっていた。


「疲れてない?」


業務確認の声。


「大丈夫です」


即答。


「特に、問題はありませんでした」


それを聞いて、ルーカスは小さく頷く。


(雑務係、どころじゃない)


だが、

それを今、言う必要はない。


今日は、

ただ仕事が、きちんと終わっただけだ。


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