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都合のいい存在

――雑務王女。


それが、エルフリーデの呼び名だった。


重い扉が、背後で閉じられた。


音は、思ったよりも小さかった。

そのせいで、追放されたという実感だけが、うまく追いついてこない。


エルフリーデは、しばらくその場に立ち尽くしていた。


長い廊下。

高い天井。

磨き上げられた床に、窓からの光が細長く落ちている。


――ああ。


この廊下を、何度も行き来した。


書類を抱えて。

急ぎの伝言を胸にしまって。

眠気をごまかしながら。


足を動かすと、自然と記憶が浮かぶ。


第一王子レオナルトは、忙しかった。

いつも、別の意味で。


外交視察という名目で国外に出て、実際には婚約者のミレーネと保養地を巡っていた。


戻ってきたと思えば、「旅の疲れが抜けない」と執務を後回しにする。


その間に滞る案件は、いつの間にか、エルフリーデの机に積まれていた。


――王子が確認される前に整えておいてくれ。


誰かが、そう言ったのが最初だった。


第一王女セラフィーナは、もっと分かりやすかった。


結婚はしない。

婚約も決めない。


その代わりに、夜会、舞踏会、観劇、賭け事。

豪奢なドレスと宝石を次々と新調し、その支払いの帳尻合わせも、いつの間にか回ってくる。


「どうせ、あんた暇でしょう?」


そう言って笑われたこともある。


暇ではなかった。

ただ、断る理由を持っていなかっただけだ。


エルフリーデは、足を止め、窓の外を見た。


庭園が見える。

手入れの行き届いた花々。


あの庭で、幼い頃、両親と散歩した記憶は、ほとんどない。


国王アーヴィンと王妃は、最初から「期待していなかった」のだと思う。


第一王子は後継者。

第一王女は政略の駒。


そして第二王女は、王宮に馴染む前に、隣国へ嫁がされた。


早すぎるほど早く、「王家の娘」としての役目を終えさせられた存在。


第三王女であるエルフリーデは、そのどちらにもならなかった。


だから放置された。


自由を与えられたわけではない。

ただ、見られていなかった。


気づけば、文官に混じって書類を読んでいた。


外交官が頭を抱える草案を直していた。


会議室の準備をして、インクを補充して、遅れてきた者に事情を説明していた。


「気がついたら、そこにいる」


それが、第三王女エルフリーデだった。


――それが、都合が良かっただけ。


王宮は、そういう場所だった。


エルフリーデは、ゆっくりと歩き出す。


追放されたという事実が、まだ、胸に落ちてこない。


怒りもない。

涙も出ない。


ただ、頭の中が白い。


「……そう、か」


ぽつりと、声が漏れた。


「だから、あんな理由で……」


権限逸脱。

統制の乱れ。


全部、後から付けた言葉だ。


要らなくなった。

それだけの話だった。


――仕事が、終わっただけ。


そんな気がしていた。


まだ、何も始まっていないのに。


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