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幕間 崩れ始める公務

王宮執務棟、南側の小部屋。


かつては「第三王女付き文官室」と呼ばれていた場所だ。

もっとも、その呼び名に実態が伴っていたかと問われれば、答えは否だ。


今、机の前に立たされているのは、文官ユリウス。

名目上は、第三王女エルフリーデの補佐官だった男である。


机の向こうには、外交局長と財務局監査官。

その間に置かれているのは、数通の書簡と、開かれた帳簿。


「……説明してもらおう」


外交局長が口を開く。


「セフィラ通商連邦第三港。宿泊手配が重複し、使節同士が晩餐で鉢合わせした件だ」


ユリウスは一瞬、目を泳がせた。


「それは……想定外の事態でして……」


「想定外?」


監査官が、淡々と紙を一枚差し出す。


「前回、同条件の案件は三度ある。いずれも衝突は回避されている。今回は、なぜ出来なかった?」


喉が鳴る。


――前回は。


第三王女エルフリーデが、部屋割りを変え、食事時間をずらし、事前に双方の随員へ説明を入れていた。


だが、それは――

ユリウスの仕事ではなかった。


「……第三王女殿下が、処理されていたと記憶しています」


言い訳にもならない言葉。


外交局長の視線が、鋭くなる。


「“記憶している”?」


「君は、殿下付きの文官だったな」


「はい」


「なら、殿下が不在の今、代わりに動くのは誰だ?」


答えは一つしかない。


「……私、です」


「そうだ」


短く、冷たい声。


「では次だ」


今度は、地方貴族からの嘆願書が置かれる。


税猶予の申請。

期限切れで、すべて却下。


「なぜ代替案を出さなかった?」


ユリウスは、思わず声を荒げた。


「それは、本来、殿下の判断事項で――」


「違うな」


監査官が、きっぱりと言い切る。


「殿下は“判断”をしていた。書類を読まずに、放置していたわけじゃない」


一瞬の沈黙。


「君は、何をしていた?」


問いは、静かだった。


ユリウスの脳裏に浮かぶのは、午後の早い時間に執務室を抜け、殿下に「もう少し時間がかかります」と言い置いて、自室で書類も開かずに過ごしていた日々。


判断が難しい案件は、すべて殿下へ回した。

面倒な調整も、すべて殿下任せだった。


――どうせ、やってくれる。


そう思っていた。


「……殿下が、いらっしゃいましたので」


掠れた声で、そう答えた。


外交局長は、しばらく彼を見つめてから、書類を一枚差し出す。


「これは、殿下が残した引き継ぎ書だ」


分厚い束。


細かく、具体的で、誰が何をすべきかまで書かれている。


「読んだか?」


「……一部は」


「“一部”?」


監査官が、ため息をつく。


「判断を放棄し、責任を押し付け、その上で殿下がいなくなった途端に“前例がない”と言う」


机を指で叩く音。


「それを、職務怠慢と言わずに何と言う?」


ユリウスは、何も言えなかった。


「本日付で、君は外交局を外れる」


異動命令書が置かれる。


「地方庁舎の書庫管理へ回ってもらう」


「……左遷、ですか」


「処分だ」


淡々と、はっきりと。


部屋を出るとき、

ユリウスは棚の一角に残された引き継ぎ書に目を向けた。


〈第三王女エルフリーデ〉


自分が「面倒だから」と読まなかった紙の山。


――あれを、全部。


一人で。

誰にも文句を言わずに。


その事実が、今になって、胸に重くのしかかる。


王宮は、まだ静かだ。


だがそれは、秩序が保たれているからではない。


楽をしていた者から順に、責任が現実になって降りかかり始めただけだった。


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