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義姉

その知らせは、前日の午後に届いた。


形式ばった書状ではない。

だが、王家の印が添えられた、簡潔な通達だった。


――第二王女マグダレーナ殿下、第三王女イレーネ殿下。

近く王都に入る予定があり、時間が合えば挨拶に伺いたい、とのこと。


エルフリーデは、書面を読み終えてから、しばらく黙っていた。


(……挨拶)


言葉としては穏やかだ。

だが、相手は王族であり、しかも――


(……未来の、義姉様)


そう意識した瞬間、背筋が自然と伸びる。


突然ではない。

事前に知らされている。

それでも、心の準備が万全かと言われれば、そうではなかった。


「形式は気にしなくていい」


書状を渡してきたルーカスは、淡々と言った。


「公的な訪問じゃない。

 王女として、じゃなく、家族として来る」


その「家族」という言葉が、かえって緊張を呼ぶ。


「……ですが」


言葉を選びながら、エルフリーデは続けた。


「お迎えの作法や、応対の順は……」


「最低限でいい」


即座に返る声。


「失礼がないことと、君が無理をしないこと。

 それだけ守ってくれればいい」


それ以上は、何も言わなかった。


それが、かえって重かった。



当日。


屋敷は、朝から静かだった。

使用人たちは動いているが、慌ただしさはない。


玄関ホールには、控えめな花が飾られ、

応接間には、あらかじめ茶の準備が整えられている。


すべて、仰々しくならない範囲で。


エルフリーデは、鏡の前でドレスの留め具を確かめた。


派手ではない。

だが、官僚として、貴族として、失礼にならない装い。


(……大丈夫)


そう自分に言い聞かせている時点で、少し緊張している。


やがて、馬車の音が門の外で止まった。


使用人の足音。

低く抑えられた声。


「殿下方が到着されました」


エルフリーデは、一度だけ深く息を吸い、玄関へ向かう。


扉が開く。


最初に目に入ったのは、鮮やかな色合いのドレスだった。


「ご機嫌よう」


明るい声。


扇を手にした女性が、軽く首を傾げる。


「あなたが、エルフリーデね?」


第二王女――

マグダレーナ・フォン・レクシア・エーデルヴァイン。


思っていたよりも、ずっと近い距離感だった。


「初めまして」


エルフリーデは、一礼する。


深すぎず、浅すぎず。

王族に対する、正しい礼。


「お越しいただき、光栄です」


「そんな堅くならなくていいわ」


マグダレーナは、扇を軽く振った。


「今日は“様子を見に来ただけ”なんだから」


その言い方に、悪意はない。


隣に立つ、もう一人の女性が一歩前に出る。


「初めまして」


落ち着いた声音。


「イレーネです。堅苦しい挨拶は省きましょう」


第三王女――

イレーネ・フォン・レクシア・エーデルヴァイン。


感情を表に出さない。

だが、視線はよく周囲を見ている。


エルフリーデは、二人を応接間へ案内した。


歩調を合わせ、先導しすぎず、遅れすぎず。


(……王族の方を招くのは、久しぶり)


それでも、体は覚えていた。



席に着くと、使用人が茶を出す。


マグダレーナは、カップを手に取る前に室内を一瞥した。


「静かな屋敷ね」


評価というより、感想だった。


「連邦の官僚邸だと、もっと堅いかと思ってた」


「必要以上の装飾は、避けました」


エルフリーデが答える。


「仮住まいですので」


「仮、ね」


マグダレーナが、意味ありげに繰り返す。


だが、それ以上は掘り下げない。


イレーネが、紅茶を一口含んでから言った。


「落ち着く場所だと思います」


短いが、否定の余地のない言葉。


エルフリーデは、胸の奥で少しだけ力が抜けた。


(……値踏み、されていない)


そう気づいた瞬間、別の緊張が生まれる。


(……でも、見られてはいる)


それは敵意ではない。

もっと近い、家族の視線だった。


マグダレーナが、ふとエルフリーデを見る。


「ねえ」


扇を閉じる。


「ここでの暮らし、困ってない?」


直球だった。


「使用人は、ちゃんとしてる?」


「……はい」


即答できる。


「皆さん、とても気を配ってくださっています」


「そう」


満足そうに頷く。


「じゃあ、次は」


ちらりとイレーネを見る。


「街ね」


エルフリーデが、瞬きをする。


「……街、ですか?」


「ええ」


マグダレーナは、にやりと笑った。


「ルートから聞いたわ。

 あなた、買い物とか、あんまりしないでしょう」


否定できない。


「必要なものは、最低限で足りますので……」


イレーネが、淡々と補足する。


「それが、少し心配になっただけです」


責める響きはない。


「生活に“必要”なものと、“あった方がいい”ものは、違います」


エルフリーデは、言葉に詰まる。


(……この人たち)


(……優しい)


マグダレーナが立ち上がる。


「大丈夫」


軽やかに。


「説教しに来たんじゃないわ」


そして、視線を合わせる。


「あなたが、何に心を動かす人なのか。

 それを知りたいだけ」


イレーネも、静かに立ち上がった。


「それは、こちらの役目です」


王女としてではなく。

義姉として。


エルフリーデは、ゆっくりと息を吐いた。


「……ありがとうございます」


自然と、そう言っていた。


(これが、未来の――)


(……姉様たち、か)


緊張は、まだ消えない。


だが、その奥で、

確かな安心が、静かに芽生え始めていた。


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― 新着の感想 ―
冒頭にまずどこの王家なのかを明確にしていただけると読みやすいです。 最初エルフリーデの実家の方かと思ったのと、これまで謎に包まれていた第二王女(エルフリーデの姉?)がついに登場したのかと勘違いしました
エルフリーデは家族の視線を知ってるのかな? 血のつながった家族からはそういう視線は向けられてないと思うけど。
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