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最初の夜

夜。


屋敷は、昼間よりもずっと静かだった。

家具が入った分、音が吸われる。

空だった頃よりも、闇が深い。


使用人たちは、すでに引いている。

見回りの足音も、規則的に遠い。


エルフリーデは、割り当てられた客間で荷を解いていた。


仮住まいだ。

持ち込んだ私物は最低限。

書類と、着替えと、必要なものだけ。


それでも、昼に置かれた家具があるだけで、

部屋は「滞在先」ではなくなっている。


(……夜、ですね)


同じ屋根の下に、ルーカスがいる。

それだけの事実が、思考の端に残り続ける。


扉をノックする音がした。


「入っていい?」


聞き慣れた声。


「はい」


扉が開く。


ルーカスは、廊下側に身体を残したまま立っていた。

中に入らない。

距離を、きちんと保っている。


「荷ほどき、終わりそう?」


「ええ。もう少しで」


「無理しないで」


軽い口調。

だが、視線は一度だけ、部屋の中を確かめていた。


「今日は、ここまででいい」


命令ではない。

提案ですらない。

区切りを示す言い方だった。


「慣れない場所だ。

 休める時に休んだ方がいい」


正論だった。


エルフリーデは、頷く。


「……そうですね」


ルーカスは、一瞬だけ考える素振りをしてから言う。


「僕は、反対側の部屋を使う」


当然のように。


「執務用に近いし、動線もいい」


理由は整っている。

余計な説明はない。


「何かあったら、呼んで」


その一言だけ残して、踵を返す。


「おやすみ」


「……おやすみなさい」


扉が閉まる。


足音が、廊下の奥へ消える。


静かすぎるほど、静かだった。



エルフリーデは、寝台に腰を下ろした。


昼間選んだ長椅子。

並べた棚。

窓から入る、夜の風。


全部が、まだ新しい。


(……選んだんですよね)


誰かに決められたわけじゃない。

流されたわけでもない。


それを思い出すと、胸の奥が少しだけ落ち着いた。


灯りを落とす。


闇が、部屋に満ちる。


遠くで、どこかの扉が静かに閉まる音がした。


(……いる)


それだけで、十分だった。



一方、ルーカスは廊下の角で立ち止まっていた。


自分でも気づかないうちに、足が止まっていた。


(……近いな)


屋敷の中に、彼女がいる。

それが、思った以上に強い。


距離を詰める理由はいくらでもある。

立場も、状況も、関係性も。


(だから、使わない)


今はまだ。


彼女が選んだ場所を、

自分の衝動で歪めたくなかった。


ルーカスは、深く息を吐いた。


(……静かだ)


音を探そうとする自分に気づき、苦笑する。


すでに、生活の前提になっている。


それが、怖くて、

同時に、手放せない。


「……厄介だな」


誰に聞かせるでもなく、呟いた。


屋敷は、闇に沈んでいる。


だがその闇の中で、

二人は確かに――

同じ場所で、同じ夜を迎えていた。


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― 新着の感想 ―
お互いドキドキして一睡もできないかも知れないですね。初々しくて応援したくなります。
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