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搬入

家具が運び込まれたのは、昼前だった。


屋敷の門の前に止まった荷馬車は一台だけ。

車輪の音も控えめで、石畳に大きく響くことはない。

仮住まいとしては、十分すぎるほど静かな搬入だった。


使用人たちは、慣れた手つきで動いている。

声は低く、互いに目配せをしながら、必要以上の音を立てない。

この屋敷が「一時的な場所」であるという認識が、

まだ全員の中で共有されている動きだった。


エルフリーデは、玄関ホールに立ち、その様子を見ていた。


木箱に書かれた番号。

搬入の順番。

それぞれの箱に添えられた、行き先の部屋名。


どれも、事前に確認した通りだった。

頭の中で描いていた配置と、少しもずれていない。


「まずは執務用の机から入れます」


管理役が、確認するように告げる。


「次に、椅子と棚を」


「お願いします」


返事は、自然に口から出た。

この屋敷のことを、すでに自分の側の事柄として扱っている声音だった。



木箱が開けられる。


職人街で嗅いだのと、同じ匂い。

削りたての木の香りと、仕上げの油の匂いが混ざり合う。


机が慎重に運び込まれ、床に下ろされた。

脚の位置が微調整され、天板が水平になるまで、何度か確かめられる。


「……思ったより、広いですね」


エルフリーデが、正直に口にする。


机は、圧迫感がない。

それでいて、資料を広げても余裕がありそうな奥行きがある。


「余裕を持たせたから」


少し後ろで、ルーカスが答えた。


「資料が増えても対応できる」


仮住まいだと言っていたはずなのに。

増える前提で考えられている言葉だった。


椅子が並べられる。


エルフリーデは、何気なく腰を下ろした。

あの工房で試した時と、変わらない感触。

座面の硬さも、背もたれの角度も、違和感がない。


「……うん」


短い確認の声。


「問題なさそうだね」


ルーカスは、それ以上言わなかった。

だが、その椅子が「彼女の席」であることを、

最初から決まっていたかのように扱っている。



棚が入る。


今まで壁だけだった場所に、影が生まれる。

空間に、奥行きが加わった。


「ここに、書類を」


エルフリーデが、指先で位置を示す。


「分類は、後で決めよう」


「はい」


まるで打ち合わせのようなやり取りだった。

だが、声の調子はどこか柔らかい。


仕事の話ではある。

けれど、それは同時に、生活の準備でもあった。



最後に運び込まれたのは、食堂用の長椅子だった。


背もたれは低めで、主張しない形。

だが、座れば自然と姿勢が落ち着きそうな造りだ。


「こちらは仮で置かせていただきます」


管理役がそう告げる。


「ええ」


まだ、使う予定はない。

それでも、家具が置かれただけで、部屋の印象は変わった。


空間が、用途を持ち始める。


エルフリーデは、しばらくその場に立っていた。


(……始まった)


まだ寝泊まりしていない。

それでも、ここはもう「空の屋敷」ではなかった。


「どう?」


不意に、ルーカスが声をかける。


「……落ち着きます」


理由を考えるより先に、言葉が出た。


「それなら、よかった」


評価も、感想も重ねない。

だが、その一言で十分だった。



昼過ぎ。


搬入が終わり、屋敷は再び静かになった。


まだ使われていない部屋は多い。

それでも、いくつかの空間には、確かに「生活の形」が置かれている。


机。

椅子。

棚。


どれも、仮のはずなのに、雑に扱われていない。


エルフリーデは、窓を開けた。


風が入り込み、木の匂いを少しずつ薄めていく。

外の音が、ようやく屋敷の中に届いた。


「……本当に、仮なんでしょうか」


思わず、零れた言葉。


ルーカスは、少し考えてから答える。


「仮だよ」


否定はしない。


「でも、仮でも」


視線を、室内に巡らせる。


「雑に扱う理由はない」


エルフリーデは、小さく笑った。


「……そうですね」


選んだ家具。

選んだ屋敷。


それらが、形になって並んでいる。


この日、屋敷はようやく――

「住む場所」になり始めていた。


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