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港町と掲示板

港町の名は、ルメイラという。


セフィラ通商連邦の中でも、最も人と物が集まる主要港のひとつだ。


朝の光を受けて、町はすでに動いていた。


石畳はよく踏み固められ、通り沿いには色とりどりの布が張られている。

交易国ごとに意匠の異なる旗が、風に揺れていた。


香辛料の甘く刺激的な匂い。

果実水の爽やかな香り。

焼き菓子の香ばしさ。

潮と油と金属が混じった、港特有の空気。


――賑やかね。


エルフリーデは人の流れに身を任せながら、港の中心へ向かう。


ここでは、誰もが急いでいるようで、誰もが余裕を失ってはいない。


怒鳴り声よりも、指示の声。

喧嘩よりも、交渉。


それだけで、この町が“回っている”ことが分かった。


港の一角、人だかりができている場所があった。


掲示板だ。


木製の大きな板がいくつも並び、紙片や札が、隙間がないほど貼り重ねられている。


掲示板の前は、人の出入りが絶えなかった。

札を剥がす者、貼り直す者、文面を睨みつけて首を振る者。


エルフリーデは、少し距離を取って立ち止まり、

端から順に視線を走らせていく。


《荷積み補助・即日》

――体力仕事。続けるには向かない。


《倉庫整理・三日》

――内容が曖昧。責任の所在も書かれていない。


《商会雑用・期間応相談》

――“雑用”の一言で片付ける仕事は、だいたい後で揉める。


一枚、また一枚と目を通しながら、無意識のうちに条件を削っていく。


短期。

書面が残る仕事。

内容が具体的で、裁量が必要なもの。


――できれば、帳簿か契約。


だが、そういう札は少ない。

あっても、経験年数や紹介状を要求されるものばかりだ。


「……やっぱり、ないわね」


小さく息を吐き、掲示板の端へと移動する。


貼られてから時間が経ったのか、

人の目に触れにくい位置に、やや小ぶりな札があった。


紙は新しい。

だが、主張するような文言はない。


《帳簿整理・短期》

《期間:三日間》

《経験者優遇/即応できる方》


仕事内容。期間。条件。

必要なことだけが、簡潔に書かれている。


余計なことを言わない書き方だ。


――商会、ね。


昨夜、宿の食堂で整理した条件が、自然と重なる。


短期でもいい。

正式な業務として記録が残ること。

帳簿や契約文書に触れる仕事。


三日分でも、連邦式の取引履歴に名前が残れば、「働いている滞在者」として十分な実績になる。


エルフリーデは、札をもう一度だけ読み返した。


曖昧さはない。

逃げ道も、押し付けもない。


――これなら。


静かに札を剥がし、裏面を見る。


港から少し離れた通り。

古い商会が並ぶ一角だ。


革袋に札をしまい、ひとつ息を整える。


偶然じゃない。

選んだ結果だ。


エルフリーデは、人の流れを避けるように歩き出した。


最初の仕事へ向かうために。


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