照会
朝。
連邦市街の一角にある、王宮側が手配した応接所は、連合商務調整局本部から、馬車で二十分ほどの場所にあった。
大使館ではない。
王宮の正式施設でもない。
ただ、連邦側の許可を得て、「一時的な面会用」として使われている建物だ。
外観は地味だった。
看板もない。
警備も、過剰ではない。
だが――
その静けさが、かえって目についた。
(……警戒されている、というより)
(……見せたくない、のね)
エルフリーデは、馬車を降りながらそう感じた。
案内役の男が、にこやかに頭を下げる。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
王宮使節団の一員だという。
年齢は中年。
態度は丁寧で、敵意はない。
形式上は、完璧だった。
「こちらへどうぞ」
通された応接室は、広すぎず、狭すぎず。
家具は上質だが、主張はない。
机の上には、すでに書類が整えられていた。
(……準備が、いい)
先に来ていた使節団は三名。
全員が立ち上がり、礼をする。
「第三王女――」
その言葉が出かけて、
一瞬、止まる。
「……失礼。エルフリーデ・フォン・シュトラール様」
訂正は、早かった。
エルフリーデは、その“躊躇”を見逃さない。
「本日は、照会の件で参りました」
静かに名乗る。
「本人確認を含む、事実照会とのことでしたので」
使節団の代表格らしき男が、頷く。
「ええ。お忙しい中、ありがとうございます」
声音は柔らかい。
まるで、本当に事務手続きの延長のようだ。
「まずは、確認から入らせてください」
書類が差し出される。
内容は――
拍子抜けするほど、穏当だった。
出生記録。
追放時の決裁番号。
養子縁組の成立日。
どれも、すでに公爵家と連邦側で確認済みのものばかり。
(……揚げ足を取る気は、ない?)
一瞬、そう思いかけて、否定する。
違う。
“確認しているという記録”を作っている。
質問は続く。
「当時の処分について、異議はありませんでしたか」
「連邦へ移った経緯は、本人の意思によるものですか」
「現在の職務内容は、どの程度まで把握していますか」
どれも、答えられる。
答えて問題のない質問だけ。
エルフリーデは、一つ一つ、正確に答えた。
感情を挟まない。
事実だけを述べる。
「……なるほど」
代表の男が、書き留めながら頷く。
「確認ですが」
ペンを置き、顔を上げる。
「現在の立場に、不満はありませんか」
一瞬、空気が止まる。
(……来た)
エルフリーデは、すぐに答えた。
「ありません」
即答だった。
「私は、自分で選んでここにいます」
それは、照会への回答であり、
同時に、境界線を引く言葉だった。
使節団の男たちは、顔色を変えない。
だが、視線が一瞬だけ交わされる。
「そうですか」
代表は、微笑んだ。
「それを伺えて、安心しました」
――安心?
その言葉が、少しだけ引っかかる。
(……何に対して?)
だが、すぐに次の話題へ移る。
「本日の面会は、あくまで事実照会です。返還や、帰国の強制ではありません」
わざわざ、念押しする。
(……念押しする、必要がある時点で)
(……そういう前例が、あるということ)
エルフリーデは、黙って頷いた。
「最後に一点だけ」
代表が、書類を一枚抜き取る。
「当時の決裁文書の原本についてなのですが」
エルフリーデの胸が、わずかに鳴る。
「こちらに写しはありますが」
男は、穏やかに続ける。
「原本は、別の保管場所にあります」
(……別の?)
「念のため、原本との照合を行いたいのです。」
視線が、エルフリーデに向く。
「お手数ですが――ご移動を願えますか」
その言葉が、静かに落ちた。
エルフリーデは、表情を変えない。
だが、胸の奥で、はっきりと警鐘が鳴った。
(……ここまでは)
(確かに、“照会”だった)
(でも)
(……ここから先は)
まだ、何も起きていない。
だが。
この面会が、
「終わる」方向ではなく、
「動く」方向へ向かっていることだけは――
はっきりと、分かった。




