表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/70

通商連邦の港

港が見えてきたのは、昼を少し過ぎた頃だった。


水平線の向こうに、白い帆が点々と現れる。

やがてそれは線になり、無数のマストが林のように立ち並ぶ光景へと変わっていった。


陽を受けた帆布が眩しく、金属の滑車や舫い柱がきらりと光る。


入り組んだ埠頭には、大小さまざまな船が隙間なく並び、その間を小舟や荷船が忙しなく行き交っていた。


「セフィラ通商連邦、第一港だ」


誰かの声が上がり、船内が一斉にざわめき始める。


船が接岸すると同時に、港は音に包まれた。


荷下ろしの掛け声。

馬車の車輪が石畳を軋ませる音。

異なる言語が、重なり合いながら飛び交う。


香辛料の甘く刺激的な匂い。

乾いた布と木箱の匂い。

潮と油が混じった、港特有の空気。


それぞれが別の指示を出し、それぞれが別の荷を追い、それでも動線は、不思議なほど重ならない。


混沌のようでいて、

きちんと流れがある。


エルフリーデは、人の流れに従って船を降りた。


――忙しい。


それが、最初の印象だった。


だが、嫌な忙しさではない。

無駄のない、前に進むための忙しさだ。


船を降りた先には、簡易的な仕切りと机が並び、入国審査用の列が自然と形成されていた。


係官たちは数人ずつ配置され、

一人ひとりを立ち止まらせることなく、淡々と処理を進めている。


「通行証を」


エルフリーデは革袋から紙を取り出し、差し出した。


国外追放者用の簡易通行証。

名前、出国元、滞在期限。

余白の多い、簡素な書式だ。


係官はそれを受け取り、一瞬だけ視線を走らせる。


「……期限は三十日」


「はい」


それ以上の質問はない。


係官は隣の台帳に番号を書き込み、無造作に印を押して通行証を返した。


「次」


それで終わりだった。


引き止めも、詮索もない。

身分を問われることも、理由を聞かれることもない。


――必要な情報だけ確認して、終わり。


王宮での入出国手続きが、いかに時間と形式に縛られていたかを、思い出してしまう。


だが、不思議と胸はざわつかなかった。


必要な書類が揃っていれば、それで通る。


そういう扱いの方が、今は楽だった。


入国審査を抜けると、すぐに港の喧騒が広がる。


入港手続きは、その流れの中に自然に組み込まれていた。


船ごとに割り当てられた係官が現れ、書類を受け取り、必要な箇所だけに目を走らせる。


「……問題なし。次」


抑揚のない声。

だが、迷いはない。


理由の説明も、補足の要求もない。

処理が終わっているかどうか、それだけが判断基準らしい。


誰も、彼女に目を向けない。


王女だった頃なら、考えられない光景だ。


だが、不思議と居心地が悪くない。


ここでは、肩書きよりも「仕事が終わっているか」がすべてなのだと、自然に理解できた。


荷が次々と降ろされ、船員たちはそれぞれの次の作業へ散っていく。


エルフリーデは、港の奥へと視線を向けた。


掲示板には、大小の札が隙間なく貼られ、行き先や期限、取引内容が色分けされている。


足元には、仕分け途中の書類箱。

箱の縁には、擦り切れた文字で番号が書かれていた。


人々は忙しなく動いているが、誰一人、立ち止まってはいない。


迷いがない。

やるべきことが、はっきりしている。


――仕事は、多そうだ。


胸の奥に、静かな確信が生まれる。


それだけ分かれば、十分だった。


ここは、

エルフリーデにとっての新天地だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ