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最適解と、血の定理

 最初の戦いで刻まれた恐怖は、錆びついた楔のように、普通の少女の心に突き刺さり、その機能を麻痺させるはずだった。


 しかし、水埼ルリカの心は、恐怖よりも、むしろ冷たい知的な興奮に満たされていた。

 未知の問題を前に、いくつもの重要な公式を発見してしまった数学者のように。


 自室の、参考書やノートが教科ごとに完璧に分類され、背表紙を揃えて並べられた本棚。

 その手前にある学習机に向かうと、彼女は静かに息を一つ吐いた。


 これから、最も難解で、最も解きがいのある問題に取り組むのだ。


 ペン立てから、一番気に入っている一本を手に取る。

 それは、シンプルな銀色のボディに、小さな星のチャームがついただけの、控えめなボールペンだった。


 そして、鍵のかかる引き出しの奥から、黒いハードカバーのノートを取り出した。

 表紙には何も書かれていない、彼女だけの秘密のノート。その最初のページに、彼女は背筋を伸ばし、まずタイトルを記した。


 《魔法少女に関する考察 ①》


 彼女はまず、『ステッキによる能動的火力』について書き出した。


 ペンを走らせながら、思考を整理していく。痛みと威力は正比例の関係にある。

 だが、その公式には致命的な欠陥があった。


 そこで一度ペンを止め、ルリカは自身の右手を見つめた。


 傷自体は、魔法の力か、驚異的な速さで塞がっていた。

 しかし、あの神経線維を直接焼き切るような鋭い感触は、まだ生々しく記憶にこびりついていた。


 あれは、ただの痛みではない。思考を汚染し、理性を麻痺させる一種の『ノイズ』だ。


 彼女は、ノートに「欠点」として書き加える。

『痛みの閾値を超えると、思考能力(照準精度、状況判断力)が著しく低下する。コストパフォーマンスが悪すぎる』


(特に、単体で強力な個体や、高速で移動する目標に対しては、最悪手となる可能性が高い)


 では、どうするべきか。


 彼女は、ペンを走らせる。思考をもう一つの現象へと巡らせ、その内容を書きつけていく。


『衣装によるカウンター』


 敵の攻撃を受けた瞬間に起きた、あの不可解な反撃について。


(殴打された部分の衣装から、茨が伸長した。私の意志とは無関係に、完全に自動で発動した。まるで、熱いものに触れたら、咄嗟に手を引っ込める脊髄反射のように……)


 殴られた衝撃は、確かに彼女の身体を襲った。骨がきしみ、内臓が揺れる感覚は本物だった。

 ダメージが無効化されたわけではない。


 だが、それと同時に、自分を殴った相手もまた、無傷では済まなかった。

 まるで、勢いよく振りかぶった拳で、棘だらけの鉄壁を殴ってしまったかのように。


 ノートの上で、彼女の思考がまとまっていく。


『利点:自ら痛みを作る必要がなく、思考への『ノイズ』がない。確実なダメージ交換が可能』

『欠点:ダメージはそのまま受ける。敵の攻撃に依存するため、能動的な攻めには使えない』


 二つのシステムを書き出し、その長所と短所を比較検討した上で、答えは明白だった。


 彼女は、ページの最後に、定規でまっすぐな二重線を引き、結論を記した。


【結論】今後の基本戦術は、《受動的迎撃》を主軸としたダメージ交換戦略を採用する。


 書き終えた文字を、星のチャームがついたペン先で、とん、と軽く叩く。


 彼女は完成した考察の第一ページを眺め、満足げに小さく頷いた。


 この新しい、甘美なまでに完璧な計算式を試せる次の問題()の出現を、心のどこかで待ち望んでいる自分に、確かに気づいていた。



 その数日後。


 授業が終わり、友人たちとの当たり障りのない会話を終えて、ルリカは一人、家路についていた。夕暮れの光が、アスファルトに彼女の長い影を落としている。


 思考するのは、次の週末に行われる小テストの範囲について。いつも通りの、完璧に管理された日常。その、退屈なほどに平穏な時間が、突如として引き裂かれた。


 ウウウウウウウウウウ――――!


 街のスピーカーが、ガラスを引っ掻くような不協和音と共に、甲高いサイレンを鳴らし始めた。


 足を止める。道端の鳩が一斉に飛び立ち、すれ違う人々が不安げに空を見上げたり、スマートフォンを取り出したりしている。


 だが、ルリカの心は、周囲の動揺とは無縁だった。

 彼女はただ、煙が薄く立ち上っている商店街の方向を、冷静に見つめる。


(……来た)


 恐怖はない。驚きもない。


 ただ、机の上で組み上げた完璧な数式の、最初の答え合わせの時間が来たのだという、冷たい確信があるだけだった。


 思考は驚くほどクリアだった。


 これは、私のためのテスト。

 そして、私はすでに、満点の解答を用意してある。


 彼女は、周囲の人間が避難のために動き出す流れに逆らうように、静かに踵を返した。


 人通りのない路地裏へと滑り込むと、トリリウムが待っていたかのように彼女の肩に乗る。


「準備はいいね、ルリカ!」


「ええ。いつでも」


 その答えが、引き金となった。


 深紅の光が、彼女の身体を包み込む。二度目の変身。


 それはもはや、荘厳な儀式というより、使い慣れたツールを起動するような、手際の良いプロセスだった。


 光の粒子がドレスを織り上げ、右手に、あの黒い蔓のステッキが現れる。


 その刹那、右手に走る二つの感触。甲を貫く鋭い痛みと、手首に絡みつく冷たい拘束感。

 グリップから伸びた棘と蔓が、まるで手筈通りに彼女の手を捕らえ、その肉を貫く。


 だが、ルリカは眉一つ動かさなかった。


 これはもう、予期せぬ痛みではない。


 今回の敵は、小さな蕾のような、それでいて蟲のような怪物が無数に群れる群花スウォームだった。


 一体一体は小さく、弱そうに見える。 

 しかし、その数が厄介だった。


 住宅街の交差点を中心に、まるでアスファルトに零れた黒いインクの染みが、じわじわと広がっていくかのようだった。

 無数の群花が、キチキチと不快な音を立てて蠢いている。


 その光景は、秩序を愛する彼女の神経を逆撫でする、醜悪な混沌そのものだった。


 ルリカは、躊躇なくその津波の中心へと自ら飛び込んでいった。


 計算通りならば、これは最も効率的な一手のはずだった。


「ギィィィッ!」


 彼女という異物の侵入を感知し、群花が一斉に殺到する。


 鋭い爪を持つ個体、牙を生やした個体。その嵐のような攻撃が、ルリカの身体に降り注いだ。


「ぐ……っ!」


 全身を、同時に無数の針で刺されるような痛み。


 だが、ルリカは歯を食いしばり、その瞳は冷静に戦況を分析し続けていた。


 チリッ、と右腕に痛みが走る。


 それと同時に、彼女の腕に爪を立てた一体が、内側から伸びた茨に貫かれ、音もなく破裂した。


 今度は左足。続けて脇腹。攻撃してきた個体が、一匹、また一匹と、的確に消滅していく。


(……やはり、私の仮説は正しかった)

 私の傷一つと引き換えに、敵が一体、確実に消えていく。


 なんてシンプルで、確実な法則だろう。


 私の痛みが代価となり、敵の消滅という結果を生み出す。


 この戦いは、彼女にとって最もスリリングな、答え合わせになりつつあった。


 混沌の群れが、彼女の発見した美しい法則によって、秩序正しく処理されていく。


 その光景は、彼女の心に冷たい陶酔感すら与えていた。


 だが、これまで身体を打ちつけてきた、鋭く、乾いた衝撃が、ふいに止んだ。


 代わりに、足元からじっとりとした重みが這い上がってくる。

 

 見れば、群花たちの動きが、明らかに変わっていた。鋭い爪での攻撃を止め、まるで一枚の黒い絨毯と化すかのように、その身体をルリカのブーツに、そして脚に、びっしりと張り付かせ始めたのだ。

 

 個々の身体から滲み出す粘着質の体液が、彼女の自由を奪い、ザラついたヤスリのような皮膚が、装甲の隙間から覗く素肌に、じりじりと押し当てられる。

 

 鋭い痛みではない。

 

 チリチリと、皮膚の表面が継続的に焼かれていくような、微弱だが、決して途切れることのない不快な痛みが続く。

まるで、強力な酸を染み込ませた紙ヤスリで、全身をジワジワと削り取られているかのようだ。


(攻撃の質が変わった。 これでは、カウンターの威力が足りなくなる……!)


 カウンターは、発動している。


 しかし、敵の攻撃が微弱なため、茨の反撃もまた、チクチクとした微弱なものにしかならない。


 その微弱なカウンターで、張り付いた一体をようやく殺せる。


 しかし、その間に新たな二体、三体が、まるで空いたスペースを埋めるかのように、彼女の腕や背中に張り付いてくるのだ。

 

 白い肌が、ヤスリでこすられたように、じわじわと赤く爛れていく。

 

 薄皮が一枚、また一枚と剥がされ、やがて真皮が露出し、血が滲み始める。


 深紅の衣装が、その血を吸って、さらに禍々しい色へと変貌していく。


 倒すよりも、張り付かれる群花が増えるスピードの方が速い。


 やがて、ルリカの身体は、おびただしい数の群花に覆われ、まるで蟻にたかられた角砂糖のように、少しずつ、しかし確実に削られていく。


 思考が警鐘を鳴らすが、もはや手遅れだった。


 視界の端から、ヤスリのような皮膚を持つ個体が這い上がってくる。


 顔に張り付かれる寸前、咄嗟に首を振って振り払うが、ザラついた感触が頬に残り、ヒリヒリとした痛みを刻んだ。


 一体、また一体と、群花は彼女の身体を侵していく。


 痛みは激痛ではない。


 だが、無数の針で全身を撫でられ続け、同時に、粘着質の体液が肌の感覚を奪っていく不快感が、彼女の集中力を、そして精神を、確実に蝕んでいた。


 一体の傷で一体を倒すという計算式が、想定外の変数によって崩れていく。


 その事実は、肉体的な痛み以上に、水埼ルリカという少女のプライドを、ヤスリで削るように、じわじわと傷つけていった。


 時間は、引き伸ばされたゴムのように緩慢に、しかし確実に彼女の精神を摩耗させていく。


 手足は鉛のように重く、粘着質の体液と無数の小さな身体によって、まるで生きているコンクリートで固められたかのような錯覚に陥っていた。


 彼女を覆う群花は、もはや個の集合体ではない。

 意志を持った一つの生きた繭。その内側で、彼女という存在が、ゆっくりと、しかし確実に削り取られていく。


 それは、単なる消耗ではなかった。

 屈辱的な汚染だった。


 群花たちは、ただ皮膚を削るだけではない。

 

 先ほどまで血を滲ませるだけだった爛れた皮膚の傷口。その柔らかくなった肉を、好機とばかりに抉り、食い破り、その奥の脂肪層や筋繊維にまで、その小さな身体をねじ込もうとしてくる。


 耳の中にまで潜り込もうと蠢き、キチキチという不快な音を頭蓋の内側に直接響かせる。


 半開きの口元に群がり、その隙間から体内に侵入しようと、粘つく身体を押し付けてくる。


 呼吸をするたびに、鼻腔にまとわりつく腐臭。


 瞬きをするたびに、睫毛に絡みつく粘液。


 彼女の身体の、その全ての境界が、じわじわと侵されていく。


 内側と外側が、溶けて混ざり合っていくような、根源的な嫌悪感。


(やめろ……私のナカに、入ってくるな……!)


 初めて、彼女の思考に、計算や分析ではない、純粋な拒絶が浮かんだ。


 だが、その声なき叫びは、誰にも届かない。


 彼女は、終わりなき消耗戦と、そして、自らの尊厳が汚されていくという二重の地獄の泥沼に、完全に足を取られてしまったことを自覚した。


 思考が、焦燥に駆られる。


 この屈辱的な繭から、一刻も早く脱出しなければ。


 だが、どうやって?


 チリチリと皮膚を焼き、体内へと侵食してくる微弱な痛み。


 それは激痛ではないが故に、反撃の威力を致命的に下げ、彼女をこの場に縛り付ける、最も陰湿な『罠』だった。


 完璧だったはずの計算式が破綻し、無秩序な消耗戦に引きずり込まれたという事実が、何よりも彼女のプライドを苛んだ。


(このままでは、ダメだ……!)


 この状況を打開するには、敵の攻撃力に依存しない、圧倒的に強力な入力が必要だ。


 私自身の力で、この膠着状態を破壊するほどの、巨大なエネルギーを。


 つまり――


 より大きなダメージを、敵から与えられるのではない。

 

 (私自身が、作り出せばいい)


 その答えは、光だった。


 暗闇の中で見つけた、唯一の、そしてあまりにも眩しすぎる活路。


 《能動的火力》と《受動的迎撃》

 

 二つの公式は、最初からそこにあった。ただ、それを組み合わせるという、あまりにも単純な発想を、「受動的迎撃こそが最も効率的だ」という、自らの立てた仮説への固執が、見えなくさせていただけだった。

 

(――足りないのなら、自分で足せばいい。ただ、それだけの話だった)


 その、あまりにも単純な答えに至った瞬間、ルリカの心にあった焦燥は、すっと、霧が晴れるように消え失せた。


 まるで、簡単な計算問題の、符号を一つ見間違えていただけだと気づいた時のように。


 もう躊躇はなかった。侵食され続けるこの屈辱に比べれば、どんな鋭い痛みも、甘美な解放に思えた。


 彼女は、自分の身体に群がる醜悪な虫たちを、そしてその中心にある、唯一の希望であり絶望である、自らの武器を見据えた。


彼女は、ふっと、これまで無意識に続けていた抵抗の全てを止めた。身体の力を抜き、その身を、完全に群花のなすがままに任せる。


 彼女は、その長いステッキを自らの胸の前に構えた。

 

 そして、その棘だらけの杖を、まるで愛しいものを抱きかかえるように、自身の身体ごと、強く、強く、抱きしめた


 プチプチと、熟れた果実が潰れるような湿った音が響く。


 自身の腕力で、ステッキの表面を覆う大小様々な棘が、胸や腹に群がっていた群花を、彼女の肉体との間で圧殺していく。


 それと同時に、ブスリ、ブスリと、鈍い音を立てて無数の硬質な棘が、すでに群花によって削られ、ボロボロになっていた彼女自身の皮膚を突き破り、脂肪を裂き、筋繊維にまで達する。


 微小な反撃は、その痛みに呼応するかのように、鋭く、衣服にまとわりつく群花を貫いていく。


 だが、それは始まりに過ぎなかった。


 衣装の隙間から肌と布地の間へと滑り込み、蠢いていた群花たちに、彼女の全身を覆う衣装が反応する。


 外敵を貫く無数の茨が、今度は衣装の裏地全てから、一斉に、衣装の内側にいる群花に、彼女の肌に向かって伸長した。


 それはまるで、茨で編まれた、拷問具のような肌着を、内側から強制的に着せられる感覚。


 服と肌の間にいた群花は、その逃げ場のない茨の檻に串刺しにされ、その勢いのまま、ルリカ自身の肉体へと深く、無数に突き刺さる。


 抱きしめたステッキがもたらす、深く、えぐるような点の痛み。


 全身の衣装から発生する、浅く、無数に突き刺さる面の痛み。

 

 それは、彼女の想定を遥かに超える、凄絶な二重の苦痛だった。


 貫かれた群花の体液や肉片が、無数の茨と共に彼女の全身の傷口から奥深くへと押し込まれていく。


 あれほど拒絶した異物が、自らの選択によって、体内に取り込まれていく。


 だが、彼女の喉から漏れたのは、絶望の悲鳴ではなかった。


 彼女の口元に浮かんでいたのは、完璧な解法を見つけ出し、さらにその先にあった未知の公式まで発見してしまった数学者のような、恍惚とした笑み。


(――入力、最大。これこそが、この状況における唯一の解答)


 彼女が自ら、その身を代償として捧げた絶大な苦痛。


 その代償をトリガーにして、彼女の魔法は、増幅し一気に出力を跳ね上げた。


 ドン、と。


 彼女自身の心臓が、大きく、一度だけ脈打つような音が、戦場の静寂に響いた。


 その瞬間、ルリカの全身から、一斉に黒い茨が咲き誇った。


 それはもはや、一本一本の反撃ではなかった。


 外へ、そして、内へ。


 その花弁がゆっくりと開くように、数百、数千の鋭く、硬質な棘が、全方位へと瞬時に伸長していく。


 外側へ向かう茨は、美しくも無慈悲な嵐となり、彼女に群がっていた全ての群花を、その回避不能の力で貫き、断末魔の叫びを上げる間もなく、一瞬で光の塵へと変えた。


 そして同時に、内側へ向かう茨は、彼女自身の肉体を無数に貫いていた。


 深紅の衣装と、そこから溢れ出す自身の血。それらを養分とするかのように咲き乱れる黒い茨。


 その光景は、まるで彼女自身が、人ならざる一輪の、巨大で、いびつな黒薔薇と化したかのようだった。


 後に残されたのは、静寂だけだった。


 光の塵が消え失せた戦場の中心に、もはや「少女」の姿はなかった。


 そこに在ったのは、おびただしい血を吸った深紅のドレスを花弁とし、自身の肉体から咲き誇る無数の黒い茨に覆われた、巨大で、いびつな一輪の華だった。


 やがて、その異形の華から、変化が始まる。


 まず、衣装そのものが、自らの形を取り戻そうとするかのように、収縮を始めた。


 彼女の肉体を内外から貫いていた無数の茨が、まるで意思を持った蛇のように、ゆっくりと、しかし確実に、その身の内側へと収納されていく。


 肉から棘が引き抜かれるたびに、新たな血が溢れ、ぬるりとした音を立てる。


 全ての茨が衣装の内側へと姿を隠した時、深紅の光が霧散し、変身が解けた。


 支えを失ったルリカの身体は、糸の切れた人形のように、その場のアスファルトへと崩れ落ちた。


 そこに横たわっていたのは、もはや元、とつけたくなるほどに破壊された少女の肉体。


 無数の削り傷と、そして全身を蜂の巣のように穿った刺し傷。そこから流れ続ける血が、彼女の下に黒い水たまりを作っていく。


 しかし――その変化は、まだ終わらない。


 まるで合図があったかのように、横たわる彼女の全身に刻まれた、数えるのも馬鹿らしいほどの無数の傷、その全ての縁から、一斉に淡い光が放たれ始めたのだ。


 手の甲に現れたものと同じ、黒い茨のような模様が、光と共に傷口をなぞっていく。


 ヤスリで削られた皮膚が、茨に貫かれた肉の穴が、その上を走る黒い光の回路によって、まるで早送り映像のように、瞬く間にその形を取り戻していく。


 痛みは、熱が引くように急速に消えていった。


 傷が塞がった後の肌には、無数の黒い細い痕が、まるで複雑な電子回路か、あるいは呪いの紋様のように、全身に刻印として残っていた。


 それは、一本一本は細く、目立たないかもしれない。


 しかし、その無数の痕跡が絡み合い、ネットワークを形成している様は、彼女の白い肌を、どこか人間ではない異質なものへと変貌させていた。


 全身をアスファルトに横たえたまま、ルリカは、ゆっくりと目を開けた。


 恐怖も、嫌悪もなかった。


 その口元には、満足気な、静かな笑みが浮かんでいる。

 自らが導き出した完璧な正解に、心からの賛辞を送るかのように。


 彼女は、そのうっすらと刻印が残る腕を、天に向かって、ゆっくりと持ち上げた。


 月明かりに照らされたその腕は、もはやただの腕ではない。


 自らが導き出した、血塗られた方程式の、完璧な証明そのものだった。


(受けた痛みだけでなく、自ら与えた痛みも力になる。ならば、この身一つで作り出せる火力に、もはや限界はない)


 彼女は、自らの身体を、ただの計算資源として完全に認識した。


 勝利という正解のためならば、どんな数字でも代入できる、血塗られた方程式の虜として。

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