魔法少女と、愛のパレード
それまで遠巻きに包囲していた警察の部隊が、後方から現れた、より強大な「力」のために、道を開けていく。
アスファルトを軋ませる、重いキャタピラの音。
空気を切り裂く、無数のヘリコプターのローター音。
緑色の迷彩服に身を包んだ兵士たちの一団と、その背後に控える、巨大な鉄の怪物たち。
自衛隊。
その隊列の最後尾で、まだ若い一等陸士は唇を噛み締めていた。
ここは、彼が生まれ育った街だった。
あの角を曲がれば、高校時代に通ったラーメン屋がある。
あのビルの向こうには、妹が働いているはずのデパートが。
守るべきものが、そこにあった。
そして、破壊すべき敵は、自分の妹と同じくらいの歳の、たった一人の少女。
少女と呼ぶにはまがまがしい。
けれど、化物、敵、として見ることは難しい少女。
そんな視線に気が付いたのか、アザミは、ゆっくりと顔を上げた。
その涙に濡れた瞳に、ずらりと並んだ戦車の砲塔が、冷たく、無機質に映り込む。
兵士たちのヘルメットのバイザーの奥の瞳。そこに宿っていたのは、単純な殺意ではなかった。
目の前の、少女の姿をした、理解不能な災害に対する、純粋な恐怖。
そして、その後ろにいる国民を、自分たちの家族を、この脅威から守らなければならないという、悲壮なまでの使命感。
恐怖と、義務感。その二つが入り混じった、極限の緊張をたたえた、まっすぐな「敵意」。
(……見てる)
アザミの唇が、微かに震えた。
(私を、見てる)
チンピラの、空っぽの暴力とは違う。
無機質になったトリリウムとは違う。
彼らは、本気で、この国を守るために、自分を「敵」として認識し、排除しようとしている。
それは、彼女が求めていた「大義名分」のある、本物の罰(愛)だった。
「……あ……ぁ……」
彼女の喉から、歓喜とも、嗚咽ともつかない、熱い息が漏れた。
これは、私一人のための、壮大な愛のパレードだ。
拡声器から、最後通告が響き渡る。それは、殲滅の宣告でありながら、どこか、悲痛な響きさえ帯びていた。
アザミは、その宣告を、まるで結婚式の誓いの言葉のように聞き入っていた。
「――総員、攻撃開始!」
号令と共に、世界から音が消え、そして、爆発した。
戦車の主砲が火を噴き、炸裂弾がアザミの足元で巨大なクレーターを作る。ヘリから放たれたミサイルが、空気を震わせて彼女に殺到する。兵士たちが構えるライフルから、鉛の嵐が吹き荒れる。
爆炎が、衝撃波が、アザミの身体を何度も何度も叩く。
街が揺れ、ビルが崩れるほどの暴力の奔流。
アザミは、その爆心地で、両腕を広げて天を仰いだ。
深紅のドレスが、爆風に美しく翻る。
彼女は、絶叫しなかった。
ただ、その唇から、恍惚とした、熱い吐息が漏れるだけだった。
「……あったか……ぁい……」
痛み。痛み。痛み。
熱い。痛い。苦しい。でも、あたたかい。
彼女の魔力は、もはや計測不能な領域へと突入し、その身体は、破壊の光の中で、逆に神々しいまでの輝きを放ち始める。
自衛隊のあらゆる兵器は、彼女に傷一つ負わせることができず、むしろ彼女をより強く、より輝かせるための燃料にしかならなかった。
報道ヘリのカメラが、焼け爛れ、再生し続ける、敵意をあらわし蠢く深紅のドレスを着た少女を捉える。
その映像はニュース番組とSNSを通じて、瞬く間に全世界へと拡散した。
「人類の敵」。
全ての人間が、彼女の存在を知った。
世界中の誰もが、彼女を恐れ、憎み、排除しようと願った。
それは、彼女の歪んだ生涯において、最も幸福な瞬間だった。
世界中の人が見て、何かしらの感情を向けてきてくれている。
罰を与えようと、考えてくれている。
優しい言葉でもない、まぎれもない愛情。
少女は、倒れなかった。
成長しているようにも、見えた。
栄養を受けた薔薇が、育つように。
むしろその輝きを増しているように感じさせるほどだった。
自衛隊による総攻撃は、やがて鎮静化した。
それは、勝利でも撤退でもない。
ただ一つ、人類が持ちうる通常兵器を撃ち尽くしてなお、目の前の少女を消せなかったという事実だけだった。
煙と粉塵がゆっくりと晴れ、その中心に見えてきたのは、決して無傷なアザミの姿ではなかった。
深紅のドレスは至る所が焼け焦げ、引き裂かれている。
その隙間から覗く肌は、おびただしい数の弾丸によって穿たれ、爆炎によって爛れていた。
普通の人間であれば、即死しているであろう、致命的な損傷。
しかし、その全ての傷が、常識ではありえない速度で、再生していく。
爛れた皮膚は、まるで早送りの映像のように新しい肌へと生まれ変わり、穿たれた傷口からは、弾丸が異物として押し出され、肉が盛り上がり塞がっていく。
彼女の身体は、ただ痛みを受け止めるためだけの、壊れ続ける器に変わっていた。
彼女を傷つけた攻撃のエネルギーは、そのまま傷を癒やす燃料へと変換される。
黒い茨のオーラの内側で、破壊と再生が休みなく繰り返され、その余剰な魔力が、恒星じみた淡い光となって彼女を包み込んでいた。
そして軍を超えた規模。
日本だけではなく、世界へと影響が出るだろう災害。
最終手段に打って出ることを、人類に決意させようとしていた。




