表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/29

魔法少女と、愛のパレード

 それまで遠巻きに包囲していた警察の部隊が、後方から現れた、より強大な「力」のために、道を開けていく。


 アスファルトを軋ませる、重いキャタピラの音。


 空気を切り裂く、無数のヘリコプターのローター音。


 緑色の迷彩服に身を包んだ兵士たちの一団と、その背後に控える、巨大な鉄の怪物たち。


 自衛隊。


 その隊列の最後尾で、まだ若い一等陸士は唇を噛み締めていた。


 ここは、彼が生まれ育った街だった。


 あの角を曲がれば、高校時代に通ったラーメン屋がある。


 あのビルの向こうには、妹が働いているはずのデパートが。


 守るべきものが、そこにあった。


 そして、破壊すべき敵は、自分の妹と同じくらいの歳の、たった一人の少女。


 少女と呼ぶにはまがまがしい。


 けれど、化物、敵、として見ることは難しい少女。


 そんな視線に気が付いたのか、アザミは、ゆっくりと顔を上げた。


 その涙に濡れた瞳に、ずらりと並んだ戦車の砲塔が、冷たく、無機質に映り込む。


 兵士たちのヘルメットのバイザーの奥の瞳。そこに宿っていたのは、単純な殺意ではなかった。


 目の前の、少女の姿をした、理解不能な災害に対する、純粋な恐怖。


 そして、その後ろにいる国民を、自分たちの家族を、この脅威から守らなければならないという、悲壮なまでの使命感。


 恐怖と、義務感。その二つが入り混じった、極限の緊張をたたえた、まっすぐな「敵意」。


(……見てる)


 アザミの唇が、微かに震えた。


(私を、見てる)


 チンピラの、空っぽの暴力とは違う。


 無機質になったトリリウムとは違う。


 彼らは、本気で、この国を守るために、自分を「敵」として認識し、排除しようとしている。


 それは、彼女が求めていた「大義名分」のある、本物の罰(愛)だった。


「……あ……ぁ……」


 彼女の喉から、歓喜とも、嗚咽ともつかない、熱い息が漏れた。


 これは、私一人のための、壮大な愛のパレードだ。


 拡声器から、最後通告が響き渡る。それは、殲滅の宣告でありながら、どこか、悲痛な響きさえ帯びていた。


 アザミは、その宣告を、まるで結婚式の誓いの言葉のように聞き入っていた。


「――総員、攻撃開始!」


 号令と共に、世界から音が消え、そして、爆発した。


 戦車の主砲が火を噴き、炸裂弾がアザミの足元で巨大なクレーターを作る。ヘリから放たれたミサイルが、空気を震わせて彼女に殺到する。兵士たちが構えるライフルから、鉛の嵐が吹き荒れる。


 爆炎が、衝撃波が、アザミの身体を何度も何度も叩く。

 

 街が揺れ、ビルが崩れるほどの暴力の奔流。


 アザミは、その爆心地で、両腕を広げて天を仰いだ。


 深紅のドレスが、爆風に美しく翻る。


 彼女は、絶叫しなかった。


 ただ、その唇から、恍惚とした、熱い吐息が漏れるだけだった。


「……あったか……ぁい……」


 痛み。痛み。痛み。


 熱い。痛い。苦しい。でも、あたたかい。


 彼女の魔力は、もはや計測不能な領域へと突入し、その身体は、破壊の光の中で、逆に神々しいまでの輝きを放ち始める。


 自衛隊のあらゆる兵器は、彼女に傷一つ負わせることができず、むしろ彼女をより強く、より輝かせるための燃料にしかならなかった。


 報道ヘリのカメラが、焼け爛れ、再生し続ける、敵意をあらわし蠢く深紅のドレスを着た少女を捉える。

 

 その映像はニュース番組とSNSを通じて、瞬く間に全世界へと拡散した。


「人類の敵」。


 全ての人間が、彼女の存在を知った。

 

 世界中の誰もが、彼女を恐れ、憎み、排除しようと願った。

 

 それは、彼女の歪んだ生涯において、最も幸福な瞬間だった。


 世界中の人が見て、何かしらの感情を向けてきてくれている。

 

 罰を与えようと、考えてくれている。

 

 優しい言葉でもない、まぎれもない愛情。


 少女は、倒れなかった。

 

 成長しているようにも、見えた。


 栄養を受けた薔薇が、育つように。


 むしろその輝きを増しているように感じさせるほどだった。


 自衛隊による総攻撃は、やがて鎮静化した。


 それは、勝利でも撤退でもない。

 

 ただ一つ、人類が持ちうる通常兵器を撃ち尽くしてなお、目の前の少女を消せなかったという事実だけだった。


 煙と粉塵がゆっくりと晴れ、その中心に見えてきたのは、決して無傷なアザミの姿ではなかった。


 深紅のドレスは至る所が焼け焦げ、引き裂かれている。


 その隙間から覗く肌は、おびただしい数の弾丸によって穿たれ、爆炎によって爛れていた。


 普通の人間であれば、即死しているであろう、致命的な損傷。


 しかし、その全ての傷が、常識ではありえない速度で、再生していく。


 爛れた皮膚は、まるで早送りの映像のように新しい肌へと生まれ変わり、穿たれた傷口からは、弾丸が異物として押し出され、肉が盛り上がり塞がっていく。


 彼女の身体は、ただ痛みを受け止めるためだけの、壊れ続ける器に変わっていた。

 

 彼女を傷つけた攻撃のエネルギーは、そのまま傷を癒やす燃料へと変換される。


 黒い茨のオーラの内側で、破壊と再生が休みなく繰り返され、その余剰な魔力が、恒星じみた淡い光となって彼女を包み込んでいた。


 そして軍を超えた規模。


 日本だけではなく、世界へと影響が出るだろう災害(アザミ)


 最終手段に打って出ることを、人類に決意させようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ