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過去と、誓い

 初陣から数日後。


 ミサは、施設の自室で、トリリウムに新たな尋問を開始していた。


「契約に基づき、情報の開示を要求します。過去の魔法少女たちの戦闘記録を、あなたの知る範囲で教えてください」


 室内は白く、乾いた蛍光灯の明かりだけが灯っていた。


 ミサの影が、机の上に二重に落ちている。


「君は、本当に知りたがりだねえ」


 トリリウムはその影を指先でなぞるように眺めながら、退屈そうに口を開いた。


 しかし、ミサがじっと彼を見つめ続けているのを察すると、やれやれ、といった様子で、その小さな身体を起こした。


「まあ、いいけどさ。何が知りたいんだい?」


「他の魔法少女たちは、どのような戦い方をしましたか?」


 ミサは、無駄な前置きを一切省き、単刀直入に尋ねた。


「他の魔法少女かい?」


 トリリウムは、少しだけ思い出すような素振りを見せた。


 彼の記録の中では、アカネとハルナの、あの特殊で、後味の悪い結末が最も新しい。


 しかし、それはこの怜悧な少女に語るには、少しばかり情報が複雑すぎる。


 彼は、もっと分かりやすい魔法少女を、選んで話しはじめた

 。

「ああ、少し前の子なら、すごかったよ!」


 トリリウムは、思い出したように、楽しげな声を上げた。


「あの子は、とにかく、攻撃的でね。いつも、自分で自分の手を、ぎゅーって握りしめて、痛みに耐えながら大きな魔法を撃ってた。その分、たくさんの敵を倒してくれたなあ」


 まるでお気に入りのゲームのキャラクター紹介でもするように、彼はルリカの戦いを要約した。


「それでも最後は、どうしてか攻撃しなくて……車とかと一緒に燃えちゃってたなぁ」


 その口調には、彼女の死を悼むような湿っぽさは、ひとかけらも感じられない。


 ミサは、その言葉を、黙って聞いていた。


 トリリウムの、あまりにも無邪気なその口調。


 そこには悪意すらない。


 ただ、純粋な事実として、一人の少女の死を語る感情の欠落した様に、ミサは自らの胸の奥が、静かに冷たく波立つのを感じていた。


 ミサは、自らの感情の揺らぎを悟られないように、次の魔法少女の話を求める。


「では、それとは、対照的なタイプの子は、いませんでしたか?」


「対照的? うーん……というよりも、そういう子の方が多いんだけど」


 トリリウムは、今度は、少しだけ、つまらなそうな声を出した。


「とにかく『痛いのは嫌だ』って、変身した後も、敵が来ても泣いちゃうような子。そういう子は、何かをする前に、弱い敵でも、あっけなくやられちゃうんだ」


 彼は、そこで一度言葉を切ると、当たり前の事実を付け加えるように、続けた。


「まあ、それでもちゃんと敵は倒してくれるから、それでもかまわないんだけどね」


 ユメ。その他の、普通の少女が魔法少女になったときの、無残な死。


 そして最終開花による、命を犠牲にした討伐。


 それも、事務的な言葉で片付けられてしまう。


 ミサは、口の中を噛みしめながら、それでも無感情を装った表情で聞き入っていた。


「そのようでも、敵を倒してくれるのですね。戦えなくても倒せるような敵が普通なのですか?」


「ううん、そうじゃなくて……まぁ、必殺技みたいなのがあるんだよ!」


「必殺技、ですか。それはどのようなものなのですか? 隠さず教えてください、契約があります。トリリウム」


「えっとそれは……うん、魔法少女はね、死ぬ直前に最後の魔法を打てるようになっているんだ。それさえあれば絶対にどんな敵でも倒せる。 それこそものすごいおおきな敵とか、どんな強そうな敵でも、必ず倒せてるんだ!」


 最終開花、その仕組みを聞いて、ミサが無表情を隠せなくなる。


「……命と引き換えの魔法、なるほど、痛みの極致といえばそうですが……悪趣味、ですね」


「そんなこと言われても、それを考えたのはボクじゃない。ただ、魔法少女のしくみなんだ」


 しくみ。作ったのはボクではない。


 その無責任とも、無関心ともいえる言葉。


 ミサは少しだけ考えて、問いかけるかどうか悩み、それでも、口を開き、続けて問いかけた。


「……では、そのしくみから逃れた者は? 魔法少女を、生き残ったままやめた子はいないのですか?」


 のどから出る声が、遅れて聞こえるような気がする。


 その質問に、トリリウムは、初めて、少しだけ、考える素振りを見せた。


「うーん……どうだろうなあ。戦えて、倒したとしても、戦うのが嫌だって、逃げ出しちゃう子はいるけどね」


 彼は、アカネのことを、思い出す。


「でも、そうやって逃げたりしちゃうと、蝕花が育って、時間をかけて大きくなってきて、返ってくるだけさ。だから、みんな、最後は戦うしかなくなるんだ」


「そして、強い敵と戦って、やられちゃう」


 と、トリリウムは、当たり前のように、続けた。


「どんなに強い子でも、いつかは自分より強い相手とか、相性の悪い相手に、出会っちゃうからね。そうなったら、もう、おしまいさ。もっと頑張ってほしいんだけどね、うん、生き残った子は、いないよ」


「……それを、あなたは、何度見たのですか」


「うーん、数えるのは苦手なんだ……まぁ、そうなったら、また、新しい子を探すんだ。だって、しょうがないだろう? 誰もやらなくなったら、この星は蝕花にどうにかされちゃうんだから」


 しょうがない。


 その、あまりにも軽く口にされた、絶望的一言。


 トリリウムの言葉が、頭ではなく、胃の底に沈んでいく。


 理解するたびに、胃液が逆流するような感覚がした。


 彼女は、この尋問で、知りたかったこと以上の絶望的な事実にたどり着いてしまった。


 ミサは、それ以上何も言わなかった。


 ただ、きつく唇を噛みしめていた。


 口の中に、鉄の味が広がる。


(強い少女は、たくさん戦って、消耗して)


(弱い少女は、何もできずに、すぐに)


(逃げ出した少女も、結局は)


(――どの少女も、必ず、死んでいる)


 その、あまりにも合理的なしくみ。


 非人道的だということを除けば、完璧なサイクル。


 その真実が、ミサの鉄のようだったはずの理性を、ぐちゃぐちゃに掻き乱していた。


「……もう、結構です」


 ミサは、静かにペンを置いた。


「あなたの思い出話は、非常に参考になりました」


 その声に含まれた、底知れない侮蔑と、静かな怒りの炎に、トリリウムは気づくことすらない。


 彼は、ただ、「もう終わったのかい?」と、語ったことに対して満足げにしているだけだった。


 ミサは、何も答えなかった。


 ただ、胸の奥からせり上がってくる、何か熱い塊を、必死でこらえていた。


 それは、怒り、絶望、悲しみなどの感情だけではない。


 胃の中身が、逆流してくるような、生理的な嘔吐感だった。


 彼女は、静かに立ち上がると、おぼつかない足取りで、部屋を出て、廊下の突き当たりにある薄暗いトイレへと向かった。


 冷たいタイルの上に膝をつき、便器に顔をうずめる。


「……ぅ……ぇ……っ」


 彼女は、何度も、何度も、えずき続けた。


 まるで、頭の中に叩き込まれた、醜悪なしくみを、全て吐き出してしまいたいとでも言うかのように。


 やがて、吐き気が収まった後、ミサは、ゆっくりと立ち上がった。


 鏡に映った自分の顔は、血の気が引き青白かった。


 その瞳には、涙も絶望だけではなく、静かで、冷たい怒りの色が混ざっていた。


 ミサは、蛇口をひねり、冷たい水で口をゆすぐ。


 そして、鏡の中の自分に、静かに告げた。


(……私が、私で、この連鎖を、終わらせる)


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