#92 裏切りの王
海上機関車は着々と目的地へと近付いていた。
窓を覗けば、外国の島々が地平線からひょっこり顔を出し始めていた。
自国の後に外国の島々を眺めていると、領土の広さの違いに圧巻する。
「兄ちゃん達、ワシが出来るのは停車位置までだべ。すまねぇが、そこからは歩いて行ってくんな。かなり距離があると思うけんど」
「充分すぎる程です。見ず知らずの僕達にここまでして頂いて。本当にありがとうございます。」
「な、なんだべ、かしこまって。やめれぃ!」
アキの言う通り、ネブタさんは充分すぎる程協力してくれた。ネブタさんの協力なしではここまで辿り着けなかっただろう。
「そうだべ、一つ伝え忘れたんけんどーー」
すると、操縦席から二人の年配男性が現れた。
「あなたは確かーー」
その二人に反応したのは、アンナだった。
しかし、アンナの顔は青ざめていた。
アンナは小柄な老人の方に近付き、額を頭に付けた。
「その節は、本当に申し訳ありませんでしたっ!」
「いやはや、無事で何よりだっペ。この様子だと、あのお嬢さんは無くなったんだべ。悲しいけんど、前向かなきゃならん。そう教えてくれたのは、あの隊長さんだっぺな。」
「…ずんださん…ありがとうございます。」
すると、ずんだと呼ばれた老人は、後方の隊員達に目を配った。
「自己紹介もしないですまんべぇ。わしは三騎士の血縁者、ずんだと申すべ。」
ずんださんに続き、もう一人の老人が前に出る。
「同じく血縁者のベコです。以後、お見知りおきを。我々が駆け付けたのは他でもない、ベアに落ちた同族の恥を詫びに」
ずんだ、ベコを名乗る二人の老人はその場に正座をし、一本のペティナイフを床に置いた。
「三騎士の血縁者がベアに落ちるなど本来あってはならないこと。本来であれば、当時詫びるべきだった。」
「だけども、あの時はわしらも若かったべ。全力で彼を連れ戻そうとしていたんだべ。あと一歩の所まで来たんだけんど、ベアの力に叶わなかったんだべぇ…」
一瞬の間を置いて、ベコが再び口を開いた。
「情けない事に、我々ではもう闘える力は残っておりません。図々しい事も承知の上、願わくばあの愚か者の首を取ってきて貰いたい。代償として、二人分の老骨の指を差し出します。何卒ーー」
ベコの言葉に続き、ずんだも深く頭を下げ、二人は額を床に擦り付ける。
「…指って…そんな事する必要ないですよっ!」
二人に歩み寄ったのは、またしてもアンナだった。
「お二人がそんなに責任を感じる必要なんてないんですよ!もしかしたらその人も、三騎士の重圧に耐えられなかったのかもしれないですし。何か深い理由があったのかもしれない、結局は話してみないと分からないんですよ!私達が必ず仕留めて来ると約束します。なので、最後にその方と話をしてください。後悔だけはしないように。」
アンナの言葉に二人の老人の目からは、微かに雫が零れ落ちた。長年生き抜いた老骨の涙は、何よりも美しく儚かった。
「…ありがとうございます。何とお詫びをーー」
「じゃあ、終わったら盛大に宴をしましょう。終わり良ければ全て良し。酒でも交わして、悪い夢は流しちゃいましょうよ。」
イケの言葉に全員が賛同した。
微笑みを向けられた老人達の顔に、漸く明るみが戻ったように感じた。
気付かぬうちに、随分と時間が経過していたらしい。
時刻は、月の十を指していた。
半日近く費やした事で、現在漸く外国の停車位置に到着した。
「わし達が出来るのはここまでだべ。後は任せたべ。」
ーーネブタさん。
「彼を…ランボを、お願いします。」
ーーずんださん。
「武運を。」
ーーベコさん。
海上機関車を降り、ベアーズロック隊員達は三人の老いた勇者達に見送られながら、別れを告げた。
しかし、ベアーズロック隊員達が歩み出してすぐの事だったーー
突然、海から爆発音が響き渡ったのだ。
「なんだ!?」
自然と零れた言葉を後にし、全員が海岸まで走る。
「…嘘でしょ。」
海の上で燃え盛る炎。
それに包まれていたのは、先程まで乗っていた海上機関車だった。
「ネブタさーんッ!ずんださーんッ!ベコさーんッ!」
当然、返事はなかった。
聴こえてきたのは、燃え盛る炎の音と波の音だけだ。
『ちょっとちょっと、血縁者が愚民を頼るのはあんまり何じゃないかなぁ?思わず殺しちゃったよぉ。少なくとも、僕はそう思うね。だって、最強は僕なんだからーー。』
燃える海上機関車の上空には、銀色の髪に黒の装束を纏った何者かが宙を浮いていた。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
アンナの放った怒号。ほぼ同じタイミングで男へ刃を放り投げた。刃は回転などはせず、一直線に男へと向かう。
しかし、男は刃を二本の指で軽々と止めてしまった。
『あのさぁ…まだ僕が話している途中だったよね。良くないと思うな、人の話を最後まで聴けないのは。愚弄だよね、侮辱だよね、充分死に値する行為だと思うなぁ。』
すると男は指から刃を離し、刃を宙に浮かせたまま回転させ、矛先をアンナに向けた。
『そういう奴には、こういう教育が良いと思う。自分がされて嫌な事を人にするなってーー』
そして、刃はアンナの何倍もの速度で放たれた。
その刃は、アンナの右腕を貫通させ、地面へと突き刺さった。
アンナはそのまま倒れ込み、声を出せないほどに踠き苦しんでいる。
駆け寄る隊員達を横目にアキは、男へ声を掛けた。
「ねぇー!あなたは何者ですかー!」
『…はぁ?あんたこそ、誰だよ。』
男は殺意の目に溢れていた。しかし、アキの姿を見た瞬間、ニヤリッと口角を上げた。
『あぁ、お前か、話は聞いてるよ。裏切り者の王様。』




