#91 失われし姿
「…つまりはあれですか。元ベアーズロック隊員がベアに成り下がったっていうオチですか?」
アンナは険しい表情で辛辣な言葉をイケに投げる。
「…だから、これには深い訳があるんだ。」
すると、片手を頭に添えたまま、揺れる機関車の床からぐんと身体を押し上げるように、アキは突然立ち上がった。
「…いいよ、イケ。ありがとう、漸く全部思い出した。あとは僕の口から説明するよ」
意識が戻ったと思えば、唐突な切り返し。
彼の口調、目線、態度。懐かしかった。
一瞬で過去に戻ったようだった。
彼が記憶を取り戻した事は、イケにとっては明白だった。
「…イケの言う通り、僕は元ベアーズロック隊員。彼女の言う事も間違っていない、僕は王のベアに成り下がった男だ。ただ、なりたくてなった訳じゃない。順を追って説明するから、まずはその物騒なモノを下ろしてくれないか。」
すると、突然二人の刃は床や天井に突き刺さる。決して二人が刃を放り投げた訳ではなかった。傍から見ていても何が起きたのか分からなかった。
ふと見た時、彼は細い刀を構えていた。
金属音の擦れる音の後、カチャという音がその場の乱れを整えたように感じた。
「ベアーズロックがホッカイ島を去ってから三年。無駄に過ごしていた訳じゃないさ。少なくとも、なりたての隊員に負けるほど弱くは無いよ。」
彼は優しさで溢れるような微笑みで答えた。
それを見たナオとアンナは引き攣った表情で返した。
しかし、これも実力差。仮にも彼は、二人にとってはベアーズロックの先輩なのだ。
二人はその場に跪き、アキに敬意を払った。
「無礼をお許しください。」
「良いよ、僕も当時は荒れてたからね。サマー隊長やセイラさんにどれだけ迷惑掛けたか。」
床の軋む音、それはイケがアキに歩み寄る音だ。
「久しぶりだね、イケ。会えて嬉しいよ。」
イケは何も言わず、彼を抱き締めた。
「おいおい、何か一言あっても良いんじゃないか?」
「……ごめん」
「まったく…泣き虫なのは変わらないのな。」
イケとアキは、再び笑い合う事が出来た。
数少ない貴重な思い出、消された記憶。
それら全てを忘れさせる程の瞬間だった。
「僕が王のベアになった理由、それは先代であったエアを助ける為だ。」
海上機関車は揺れる波間を乗り越え、ホッカイ島からはかなり離れたようだ。少し空いた窓からは隙間風が入る。風に乗ってきた潮の香りは、故郷の記憶を運んできた。
「…イケ隊長。」
か細い声で話し掛けてきたのは、ユイだった。
彼女の態度は、何かを躊躇っている様子にも見受けられた。
「何かあったの?」
それ以上でも以下でもない返答でイケは様子を伺った。
「…いえ、大した事じゃないんです。アキさんとイケ隊長は古くからの知り合いなんですよね?」
「ああ、あいつは本当に色んな意味で凄い男なんだよ。お人好し過ぎて、地下帝国にも行っていたっけな。」
「そうそう、地下帝国を出たと思ったらベアとの戦争にすぐ連れられて。気が付いたら王のベアなってましたとさ。」
話を割って入ったのは、紛れもなく本人であった。
「本当に色々あったんだ。あの戦争で多くの人が亡くなった。仲間だと思ってた人がベアだった時は一番答えたね。」
「…それがエアって人ですか?」
ユイの問いにアキは「そう」と答えた。
「今はもうホッカイ島の最北端で野生のベアとして普通に暮らしていると思うよ。何せ、僕が王のベアになったんだからね。それに僕が王のベアになったのは、この国を守りたいと思ったからでもあるんだ。」
王のベアになれば、ベアの中でも最高位に位置する。アキは王位継承すれば、全てが丸く収まると踏んだのだ。
そして、三年の年月が流れ、ホッカイ島の一部は消滅した。森や自然を破壊したのは、アキ自身であった。ベアの住処を無くし、唯一の住処を最北端とした。次第にベアは、最北端に集まり、自由に暮らしているそうだ。
「だけど、新たな変異種が東北地方で現れた。それは僕自身も予想外だったんだ。恐らく、先代が産んだ変異種だろうね。それに三騎士の血縁者が一人、ベアになっているそうじゃない?もう何が何やらだよ。」
「…アキは王のベアを辞める事は出来ないの?」
「そう、それなんだけどーー」
アキは一つの仮説を唱えた。
それは、元凶を壊すこと。
「でも、その前に一つ話しておかないといけない事がある。他の皆も聞いて欲しい!」
三人で話していた口調が突然大きな声へと変わる。
「驚かないで聞いて欲しい。イマ隊長の事だけど、イマ隊長が突然なったあの姿、あれは本来のホウジンゾクの姿なんだ。結論から言えば、失われし姿とでも言うのかな。イマ隊長はそれを解放したんだ。」
その場にいた全員の脳裏にイマ隊長の奇妙な容姿の最期が過ぎる。
あの姿が自分でもあるというアキの言葉。
それは、鏡に写った自分のように、その姿が何度も脳裏に焼き付く。
「ホウジンゾクなんて本来存在しないんだ。君達の本当の種族は———」
そこから彼が何を話していたのか、あまりよく覚えていない。




