#85 無法地帯
海に浮遊する線路の上を機関車が通過する。
どんなに強い波にも負けず、揺れさえも感じさせない。
どのように走行しているのかは謎だが、乗っている身としては心地よい程に静かだ。
「時計なんて久しぶりに見たなぁ。」
機関車内には、外国で流行した時計が飾られている。
その時計は朝の場合は太陽が、夜の場合は月が描かれる優れた上物だ。そして一本の針、その針が指した数字が今の時刻である。
現在、太陽の三、即ち昼の三時という事になる。
「時計が太陽を指していても、現実の天気は最悪ですけどね。」
ソウモリ村からホッカイ島までは、九割の確率で嵐が吹き荒れている。
「ベアが活性化する前、この海上機関車は海外にも行っていたそうだ。世界各国の海を渡り、外国のホウジンゾクも当然のように行き来していたらしいぞ。」
「チッチッチッ、それだけじゃないんですよサマー軍団長!昔は飛行機っていう立派な空飛ぶ機体があったんですよ!今で言うと航空機ですね!フェリーっていう大型船もあって、それはそれは住みやすい国だったそうですよ!」
サマー軍団長に負けじと昔話を始めたのはユイだった。
サマー軍団長が昔話が好きなのは知っていたが、ユイまで詳しいとは思わなかった。それにサマー軍団長と話が通じるのも珍しい。
間に挟まれているイケとは別に、ナオやアンナは話にも触れず、ただただ吹き荒れる窓の外を眺めていた。
「イケ、ソウモリ村を立ってどらくらいになる?」
「そろそろ一時間経ちますね。」
「おいっ!そろそろ着くべぇ…ってはぁ!?」
機関車の操縦席から男の声の裏返る声が聴こえた。
「ネブタさん、どうしました?」
サマー軍団長に続き、隊員達は操縦席に集まる。
窓が大きく、広範囲に外を見渡せる。
ネブタさんの視線の先、それはホッカイ島の海上機関車停車場であった。
「…何が起こったんだべぇ。ベアが一体もいねぇ!」
予定とは違うが、海上機関車を停車場にそのまま停めた。
ゆっくりと海上機関車から降りると、緑で美しかったホッカイ島は辺り一面が砂漠地帯になっていた。
「…サマー軍団長…これは一体。」
「ベアは自然を好む。いくら変異種といえ、こんなに緑を破壊するはずがない。」
僕もサマー軍団長と同じ事を思っていた。
三年前のホッカイ島も多少の砂漠地帯はあった。しかし、これほどに何も無い状態ではなかったのだ。
「あんたらこれからどうするつもりだべ?なんならこのまま待機してようか?」
「我々はこのまま降ります。ホッカイ島は広いですから、何をするにも時間を要します。待っていただく訳にはいきません。」
「…そうかい。んじゃあ、ここでお別れだべぇ。」
「ネブタさん、本当に助かりました。感謝してもしきれないくらいです。いつか必ずお礼に伺います。」
「…いらねぇよ。おめぇら全員、無事に生きて帰ってくるべぇ。それが一番のお礼だべ。」
船乗りの男は勇ましかった。
ベアーズロック隊員一同、敬礼で海上機関車を見送った。
小さな点になるまでその場を離れなかった。
「…で、これからどうするんです?」
「歩く!以上!」
サマー軍団長の言葉に隊員達は意気消沈とした。
そして、何も無い平地へと一歩踏み出した。
かつてのホッカイ島はもう無い。
法律が定められ、秩序のあった王都。
安心・安全が保証された平和な村。
意気揚々と走り回る子供達。
愛を育む夫婦。
恋を知る若人。
和気藹々とした会話。
飛び交う罵声。
当たり前の日常は、もうここには無い。
ここはもう、無法地帯だ。




