#82 狂
改めてカノンの事を考えた。
何故あのような事をしたのか、ただそれだけを考えていた。
それに口が開けなかったのもカノンが何かしたのではないだろうか。
ーーコンッコンッコンッ
石の階段を誰かが降りてくる。
傷みが進んでいる靴を履いている者が出せる音ではない。
この音は、皮で作られた靴だ。
そう思っていると、死角から姿を現したのは、見覚えのある顔容。
「…ルイ隊長。」
冷酷な眼を向け、何も言わない。
彼はゆっくりこちらへ近付き、牢屋の南京錠を外した。
「…出ろ。」
雑な言い回しをした後、錆び付いた鉄の牢屋が開く。
灰色の眼差しの合図で、隊長の後を付いて歩いた。
地上へ出ると、外は暗闇に包まれていた。
蝋燭の火が辺りを灯している。
「…あの…何処に行くんですか?」
風に靡く首からぶら下げた橙の布切れ。
振り向かずとも、冷めた表情を浮かべているのが想像出来る。
現に彼は一切反応を示さず、ただ永遠と続く土の道を歩き続けていた。
辿り着いた先は、カノンが燃やし尽くした宿舎。
既に宿舎は全体的に焦げ、黒ずんで崩壊している。
「…中にいた人達は。」
咄嗟に出た言葉に、彼は再び冷酷な眼差しを向けた。
「死んだ。」
平然と重たい三文字を発した後、宿舎を通り過ぎ、深い林の中へと消えて行った。
ーーザザーッザザーッ
無数の笹の葉がぶつかり合う音。
小さな音が重なり、大きな音へと変わる。
笹の音は不気味な雰囲気を作り出していた。
林の中から現れたのは、今にも崩壊しそうな小屋。
その小屋の周りは何も無い。
屋内も殺風景だが、中心には十字に重ねられた木が立っている。
十字に沿って吊るされているのは、血塗れになったカノンだった。
「……あ………あっ……。」
必死に出した声は枯れていた。
何故、彼女は血塗れなのか。
何故、吊るされているのか。
何故、俺は牢屋に入れられていたのか。
何もかもが分からなくなった。
「お前もやり返せよ。」
差し出された剣は、赤黒い血がこびり付いていた。
彼女が血塗れの理由ーー。
「…た、隊長……何で…。」
「何で?」
彼は剣を握り直し、カノンの両脚を何度も斬りつけた。
狭い空間に響き渡る彼女の断末魔は、至極惨いものであった。
「お前は、何故俺が隊長になれたと思う?」
「ーーーーー」
「直感だ。俺の直感は、絶対だ。キムが嘘を付いていない事くらい、俺にも分かる。」
話している最中も彼は彼女の両脚を斬り続けた。
致命傷には至らない浅い傷。
苦痛だけを与えるようにしているのが見て分かる。
「カノンは殺す。そして、これからの事を話そう。」
─────こいつ、狂ってやがるっ。
頭の中で思う事はそれだけだった。
しかし、彼の手を止める気にもなれなかった。
「最後に言い残す事は?」
「…………コ……ロセ…。」
顔面は既に赤く染っている。
しかし、最後の最後まで彼女は笑っていた。
目の前に転がる笑う生首を眺め、『彼女は、幸せだったのだろうか。』と自問自答した。
「キム、俺を殺せ。」
目の前に立ちはだかる冷酷な眼の男。
彼の考えが一向に分からない。
「……そんな事……出来るわけないじゃないですかっ!何で…何がしたいんですかっ!」
返答を聞くとほぼ同時に、剣を頸部に当てた。
「責任を取るだけだ。」
そう言うと、彼の頸部からは多量の血が流れた。
次第に剣は落ち、彼はその場に倒れ込んだ。
─────何で……こうなった。
「お疲れ様でした。」
天井を見上げると、そこには何者かが張り付いていた。
不敵な笑みをこちらへ向け、男は地上へと飛び降りた。
「さて、邪魔者も消えた事ですし、少し話をしましょうか。」
よく見ると、その男の皮膚は皺だらけであった。
年齢は、七十代前後だろうか。
「…竜の祠。かつて存在した三騎士が竜を封印した場所。その三騎士には血縁者がいる。その内の一人が私。」
すると、男の皮膚は茶色へと変わり始めた。
次第にそれは、毛を纏った姿に変わった。
「……ベア。」
「時は来た。これからは我々の時代。」
その言葉を最後に視界は赤く染った。
頭が熱い。目が見えない。痛い。
ーーあぁ、そうか。食われたんだ。
「まずっ。」




