#80 判決の刻
「…審判の泉って…何を言っているんですか?」
青髪の女性は、再び微笑みながら背を向けた。
「水面に映る彼女は、泉の水を飲んでしまいました。泉の水を飲むと、泉の中の世界に行ってしまうんです。一度入ると二度と出られない。それに彼女は呼吸も出来ない。」
青髪の女性の言葉で私はハッとした。水面を見ると、ミカナは明らかに苦しみ始めていた。踠き苦しみ、向こう側から水面を叩いているのだ。
「ミカナッ!ミカナッ!待ってっ!待っててっ!」
私は何度も水を掻き分けた。
「無駄ですよ。こちらから行くには、泉の水を飲むしか無い。しかし、向こうに行けばそれで終いです。さぁ判決の刻です!貴方は彼女を救いに水を飲むか、飲まないか!」
私は水に浸った状態で青髪の女性を見た。
「……お願いします…助けてください。」
まただ。私はまた何も出来ない。
命を賭けてミカナを助ける選択が出来なかったのだ。
しかし、私が向こうに言ったところで何が出来る。ミカナが苦しい事には変わりない。
「貴方は彼女を助けたく無いのですか?」
「助けたいに決まってるっ!でも…」
青髪の女性は溜息を吐いた。表情を見るに呆れ果てている様子だった。
「一つ言い忘れていた事があります。彼女がこのまま死ねば、貴方はこの先の村へ進む事が出来ます。つまり、生贄です。もっと簡単に言いましょうか?二人死ぬか、一人見殺しにするかです。」
私は駄々をこねる子供のように、泣き叫ぶ事しか出来なかった。
『……アンナ……行って。』
「…へっ?」
突然、誰かの声が聴こえた。
脳に直接話し掛けてきているようだ。
「…もしかして。」
私は水面を見た。ミカナは頷きで合図を送っていた。
『……アンナ……話は聴いてた。私の事は良いから、先に進んで。』
「嫌っ!そんな事出来るわけないっ!」
『…落ち着いて…私はこの後ここから出て一人で旅をする。今は苦しいけど、すぐに息継ぎも出来るから大丈夫なの。だから安心して。生贄なんてその女の出任せなのよ。』
「…本当に?」
『ええ。だから安心して村へ行って。いつかまた会えるって信じてる。』
ミカナの言葉で私は決心した。
ミカナは苦しい中、私の背中を押してくれた。
「…彼女を生贄に…私は村に行く。」
私の決断に青髪の女性は、少し戸惑っていた。
そこからは何も言わず、奥の泉の扉を開いてくれた。
再び水面を見ると、ミカナは優しく微笑みながら頷いた。
「…先、行ってるね。」
私は泉の扉の先へと足を進めた。
『…………アンナ……必ず生きて……ごめんね…私はもう……耐えられない。』
視界は段々と靄がかかったように見えにくくなり、意識が遠のきながらも頭痛が襲う。
すると、私の目の前に何かが現れたのが分かった。
『……誰?』
「…素敵な友情ごっこでしたよ。ですが、死を望む貴方を見殺しにしてもなんの罰にもならない。貴方には生きてもらう事にしました。絶望の地で。」
何を言ってるのかも正直分からなかった。
そして、私は意識を失った。
………ブェッホッ!ゲヘッ!ゴホッゴホッ!
口から水を吐き出し、私は意識を取り戻した。
私は仰向けで横たわっており、目の前には満点の星空が広がっている。
顔を左右に動かし、周囲を見渡す。
全体的に広がる湖と森。その中視界に入ったのは、古城と月だった。
私はゆっくりと身体を起こした。
僅かに身体が重く、寒気を感じた。よく見ると全身が濡れている。
「…そうか…私、溺れて。」
私は漸くこれまでの事を思い返した。しかし、何故此処に倒れていたのかは分からなかった。
ゆっくりと立ち上がり、私は古城へと向かった。
古城の壁は古く、隙間には苔が生え始めていた。
汚れの目立つ木製の扉を開くと、ギィィィッと音を立てる。
中に入り、警戒しながら階段を上る。
古城はそれほど大きくはない。階段の先には、一つだけ扉があった。私は再び、木製の扉を開けた。
室内はボロボロでかつて使用されていたであろう、暖炉や椅子がそのままになっている。埃が被っており、近日で使用された形跡は無い。
木製テーブルを見ると、そこには何枚も重ねられた紙があった。私はそれを手に取ると、乗っかっていた埃が宙を舞う。埃を払い、私は一枚ずつ紙を読んだ。
「……何これ。」
そこにはベアーズロックやベアの事も書かれていたが、それだけでは無かった。
「…それがこの世界の真実だよ。」
突如聴こえた声に私は驚きのあまりその場に転び、腰を抜かした。
「…貴方は…何者ですか?」
その男は、全身黒の衣類を身に付けていた。腰元には見覚えのある刃があった。
「…!?」
私は驚きのあまり声が出なかった。
「…君も知ると良い…この世界の真実を。」
男は私の頭に手を置いた。
すると、脳内に私の知らない映像が無数に流れた。
しかし、これが本当であれば…
私は再び男を見た。
男は寂しげな表情を浮かべていた。




