#79 審判の泉
滝の中を覗くと、そこには大きな岩の壁があった。
岩の壁には所々出っ張りがあった。
私達三人は滝の水に打ち付けられながらも手や足を引っ掛けながら、腕力で登り続けた。
私は岩の壁を登り続け、ふと上を見た時だった。
そこには大きな穴が空いているのがわかった。
「オナット!ミカナ!この上に穴がある!」
オナットとミカナは上を見上げた。
二人が穴を確認した後、私が先頭となって、岩の壁を登った。
穴に手が届いた時、足を掛けながら、身体を思い切り持ち上げた。オナットは軽々と登り切り、私はミカナに手を差し出した。
穴の内部は壁掛け松明で照らされており、奥には地上へと出る階段が通じていた。
「おいっ!階段じゃねぇか!」
「頑張って登った甲斐があったね!」
今度はオナットを先頭に私達は階段へと走った。
階段を登り切ると、地上は大きな滝の上の崖の辺りに通じていた。
「俺達はこんな所登ろうとしてたんだな。」
辛うじて下は見えるが、滝による水しぶきで霧のようにボヤけていた。
「…何だろうこの石。」
私は足元に蒼く光る鉱石を手に取った。
盗っ人癖のあった私は、二人に気付かれないよう、蒼い鉱石を懐にしまった。
「…ねぇ…なにあれ。」
滝の麓を上から眺めていた私とオナットは、ミカナの震える声で振り返った。
ミカナの指す方向には洞窟があり、よく見るとその前に一体のベアが仁王立ちでいたのだ。
「…あれ…ベアだよね?」
ミカナの言うように、あれは間違いなくベアだ。
しかし、何処か様子が変だったのだ。
「…おい。あのベア、何か震えてねぇか?」
よく見ると確かに震えていた。
すると、ベアは天に向かって遠吠えを上げた。そして、口の中からは薄っすらと見える透明の大蛇が現れたのだ。その大蛇の色は次第に黄土色に染まり、背中には翼が生え始めた。
ギャアオォォォォォオォォォォォッ!!!!!
「…この鳴き声…まさかっ。」
大蛇の鳴き声は、どことなく聴き覚えがあった。
その記憶はそう遠くは無い。
そして、それはつい最近なのではないかと紐付けた。
初めて遭遇したベア、ベアの体内から現れた大蛇、聴き覚えのある鳴き声。
「…こいつは大蛇なんかじゃない。竜の祠で私達を襲った竜だ!」
私が刃を抜いて戦闘態勢に入ると、二人も刃を抜いた。
「どういうこと!?竜は隊長が倒したんじゃないの!?」
「倒してないから此処にいるんだろ!つまり、隊長は竜に負けたんだ!」
焦り、戸惑っているとベアはその場に倒れ込んだ。上空を見上げると、黄土色の竜がこちらを見下ろしていた。蛇のように長い胴体、三本爪と細めの腕、背中に生えた小さめの羽根、鋭い眼に無数の牙、そして二本の髭。
そんな竜の真の姿を目の当たりにし、私の脳に突然幼き過去の記憶が過ぎった。
刻まれた記憶、同じような光景が脳を過ぎる。
それは黄土色の竜ではなく、虹色に輝く龍。
「…違う。」
私の呟きにオナットとミカナは反応した。
「…あれは…竜じゃない。」
私は刃を抜き、竜とは別方向に走り出した。そして、倒れているベアの脳に勢いよく刃を刺した。
ギャアオォォォォォオォォォォォッ!!!!!
黄土色の竜は苦しみの叫びを轟かせ、上空から姿を消した。
それを見ていたオナットとミカナは、私に駆け寄って来た。
「ねぇ、アンナ!どういうこと?」
「あの竜は幻影だったのよ。つまり、本体はベア。本体に攻撃すれば竜も消える。」
私の返答に二人は未だに困惑していた。
「だけどよ、幻影なら何でジャズは食われちまったんだ?」
「詳しくはよく分からないけど、多分幻影ってタチが悪いのよ。私達からの攻撃は通らないけど、幻影からの攻撃は通るみたいな。」
「…ハハッ…その通りだ。」
聴き覚えの無い低音の声に私達は警戒を向けた。
脳から多量の血を流しながら、ベアがゆっくりと立ち上がった。
「…おいおいっ、マジかよ。」
「…何で…何で生きてるの!」
「それが変異種って事でしょ。末恐ろしいわね。」
すると、ベアは頭部を押さえながらゆっくりと歩み寄る。
「…我が命はもう尽きる…冥土の土産貰っていくぞ。」
そう言うと、ベアは姿を消した。
すると、すぐ近くから男の断末魔が響き渡った。
右後方を振り返ると、オナットの腹部と腕を包み込むようにベアが噛み付いていたのだ。
「ァ"ァ"ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ助けてぇッ!腕がッ!腕が噛まれて動けないぃぃッ!アンナァッ!ミカナァッ!ばやぐぅだずげえぇぇッ!」
私とミカナが駆け寄ろうとした時、ベアはオナットの身体を噛みちぎった。血が飛び散り、ベアはオナットの下半身を丸呑みした。
「……ハハッ……二人食えば……充……分…か……。」
ベアは不気味な笑みを浮かべたまま、その場へ倒れ込んだ。
「オナットっ!!」
私とミカナは急いで駆け寄るも、オナットの意識は既に朦朧としていた。
噛みちぎられた上半身からは内蔵が飛び出ており、一瞬で辺りは血の海と化していた。その姿は、まさにライラ隊長と同じ状態であった。
「……こいつのせいで。」
私は、ベアの顔の側面を何度も何度も踏み付けた。
次第にベアの顔は原型を無くした。
そして、オナットは最後に「…フッ」とせせら笑いを浮かべ、息を引き取った。彼の蔑笑はベアに対してなのか、私達に対してなのかは分からなかった。
「…やっとここまで…一緒に来たのに。」
絶望の淵に立たされた私達。
私はミカナの肩に手を置き、「…行こう。」と声を掛けた。
「…待って。」
ミカナはその場で穴を掘り始めた。私はそれ以上何も言わず、彼女と同じ行動を取った。
土に埋もれていくオナットの姿を見ていると、私はふとライラ隊長と重ねて見てしまっていた。
「…私達もいつかこうなるのかな。」
ミカナの声は震えていた。
今や私達は死と隣り合わせ、無理もない。
恐怖、毎日怯えて生きていくしかない。
「よし!頑張るぞ!」と意気込んだとしても、その日のうちにベアに噛みちぎられるかもしれないのだ。目を覚ますことなく、あの世行きなんて事も有り得る。
明日のご飯は何かな、明日は誰が生き残っているかな。そんな事考える余裕など等になくなっていた。
これが【ベアーズロック】なのだと、私は身をもって痛感した。
「…ねぇ、あれ。」
ミカナが指す洞窟、暗闇の中から何かが光るのが見えた。
私達は恐る恐る近付き、光の正体を探しに洞窟内へと入った。
そして、その奥に潜んでいた光の正体は水だった。
正確に言えば、泉の水。
泉の水は、私の事など気にもせず、全体へ水を流し続けている。
その泉の周りは、紫色の模型に囲まれている。透き通る水のような模型の中には、キラキラと輝く星のような物が埋め込まれていた。これぞまさに神秘的な空間であった。
「良かったぁぁ…私喉乾いてたの…。」
ミカナはゆっくりと泉に近付き、泉の水を手で掬って喉へと流した。
私は背を向けて洞窟の入口の方を見た時だった。
ザバアァァァァァァァァンッ!!!
物凄い水の音に私は再び泉の方向へと振り返った。
すると、ミカナの姿が見当たらなかったのだ。
「…ミカナ?……ミカナッ!!」
私は急いで泉へと駆け寄った。
どこを見てもミカナの姿は無かった。
しかし、何処からか薄っすらと声が聞こえるのだ。
「ミカナッ!何処だっ!」
「……こ…………だ…。」
私は小さな声が聞こえた。声を聞いてふと下を見た時だった。そこには水面に映るミカナの姿があったのだ。
しかし、水面に触れても、ミカナは出て来ない。
「何故こうなったんだ…そう思っていますね?」
突如聴こえた声に私は驚きを隠せずにいた。ふと見上げた時、そこには青髪の女性が立っていた。
「……あの…どちら様か存じ上げませんが、助けてください!友人が水の中にっ!」
すると、青髪の女性は優しく微笑んだ後に言った。
「ようこそっ!審判の泉へっ!」と。




