#7 地下帝国ー生きるためにー
【地下帝国】
名の通り、地下にある国。この地下洞窟には広大な空間が広がっている。
王都サホロ開国時、当時犯罪を犯した者を収容するための牢屋が無かった。そこで国は全住人を集め、穴を掘った。掘り続けた先で彼等の目に映ったのは、村を作れる程の地下空洞だった。初めは牢獄を作る目的であった彼等は、犯罪者や問題児達を収容する国を作る事へ計画を変更した。
長い月日を掛け、誕生した地下に眠る国。それが地下帝国だ。
現に法を犯した者や王都サホロで必要とされなかった者は、この地下帝国へ送られるのだ。
地下帝国内の建物は全て特殊な粘土で造設されている。余程の衝撃を与えない限り、住む事は可能だ。だが、この国の家には扉や窓は無い。王都サホロでは当然のように扱われている木材や硝子も、地下帝国には必要ないとされている。そんな建物が幾つも立っている。
太陽の代わりとは言えないが、手の届かない所に幾つものランプが吊るされている。それが唯一使用されている硝子である。
水不足が加速する世の中、地下でも水不足が問題に上がっている。以前は川の水が少し流れていたのだが、新種のベアによって破壊されてしまったという噂だ。一刻も早くベア討伐に向かわなければいけないのだが、ベアーズロック戦闘部隊の死者が続出しているらしい。
水不足で痩せ細ってしまうのも問題だが、身体だけでなく服さえも洗えないのが現状だ。
住人も痺れを切らして、何度か地上に問い合せたのだが…
『地下帝国の【ならずもの】が何を抜かすかッ!生きているだけでも感謝しろッ!』と武器も持たない人を鈍器で殴り続けたらしい。
結果その住人は息を引き取り、誰も反発する者はいなくなった。
この日から地下帝国民が反発したという噂が広まり、僕達地下帝国民は【ならずもの】と呼ばれるようになった。
地下帝国内、僕とヤマは高速で羽根を動かし、一人のホウジンゾクを追い掛けていた。
「アキ、こいつ仕留めたら目標の数だ!地上に出たらまず何食うよー!」
「もちろん肉でしょ!」
「バーカ、肉なんて高価な物どうやって手に入れるんだよ!」
「金なら幾らでもある!あとは脅して値切る!」
空中移動しながら恐ろしい雑談をする余裕があるのも、追い掛けている対象の逃亡速度が遅いからだ。僕とヤマは、それだけの実力をこの八年で付けたのだ。
ヤマと雑談をしていると、途中から一人の女性も寡占した。
「喋っている暇があるならさっさと捕らえなさいよね。」
「すぐ捕まえちゃ面白くねぇだろ?泳がせた後に絶望をくれてやるのさ!」
「ヤマ、あんた悪趣味ね。地上のベア達もあんた見たら逃げそうね。」
彼女の名はキリ、彼女もベアーズロック避難民の一人だ。
「それじゃあそろそろ仕留めるか!」
ヤマが一段と加速を上げ、高速回転で逃亡犯へと体当たりした。逃亡犯は勢いよく吹き飛ばされるも、ヤマは倒れた逃亡犯の背中に立っている。
逃亡犯がそれに気付き怯えている中、ヤマは鞘から刃を抜き、逃亡犯の耳元で囁いた。
「お前の選択肢は二つ。このまま俺に始末されるか、羽根を削ぎ落とされるか。さぁ、どっちを選ぶ?」
逃亡犯は声も出さず、ただ首を横に振って怯えていた。
僕とキリは地上へと降り、ヤマと逃亡犯へ近付いた。
「その羽根を落とす儀式は何なのさ。」
「いつか自分に返ってくるわよ。」
僕とキリが順に忠告するも、ヤマは聞く耳を持たなかった。
「俺は法を犯しちゃいないぜ。この地下帝国では、ベアーズロックなんかいやしない。俺達はその中でも法を犯した者を裁く権利がある。犯罪者には罰を与えなきゃな。」
五年前、僕達は地下帝国の最上級特権とも言われる【制裁権】を取得している。王都サホロに置かれる法律を全て把握し、ベアーズロックに匹敵する能力を得た者にのみ取得が認められる権利だ。その権利は地下帝国だけでなく、地上に出ても適応される権利な為、僕達は地上に出ても王都での勤めを許されるのだ。
「こんなの国家暴力だろ!犯罪者だって生きる権利くらいあるはずだ!」
「…生きる権利?」
逃亡犯の言葉に反応したヤマは、手に持った刃を鋭く振り抜き、逃亡犯の羽根を削ぎ落とした。
「ハァアァァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァァァァァァッ!俺の羽根がァ!羽根が羽根がぁぁぁぁぁッ!」
逃亡犯の羽根の付け根からは多量の血が流れ、逃亡犯は痛みと悲しみで叫び狂っている。
「お前ら……絶対に許さねぇ…。」
「はぁ?許さねぇ?どうするってんだ?」
逃亡犯は仰向けになり、殺意を秘めた眼をこちらに向け、痛みに耐えながら口を開いた。
「俺が落ち着いたら一生を掛けてお前らに付き纏ってやる…隙を見せたら同じ思いをさせてやる…復讐だ…必ず復讐を…」
逃亡犯の言葉が途絶えた。
正確に言えば、話の途中で首を斬られたのだ。
「何言ってんだよ。お前はもうここで終わりなんだよ、ゴミが。」
流れる赤い液体は広範囲に及び、次第に土に染み込み漆黒へと色を変えていた。
「…何も殺さなくても良かったんじゃないか?」
「アキ、俺達の目的はあくまでベアを狩ることだ。それに加担もせず、毎日地下でだらけて生きているやつに生きる価値はあるのか?少なくともそれは正義とは言えないだろ。」
「…それは確かにそうかもしれないけど。誰にだって生きる権利はあるんだ。彼等の罰は、この地下帝国から出られない事で充分だろ。」
ヤマは不満気な様子で僕に背を向けた。
地下帝国に来てから、ヤマと衝突する事が増えた。面白いくらいに僕達の意見は合わない。僕が一と答えれば、ヤマは必ず二と答えるようなものだ。それは決してお互いを嫌っている訳ではない。彼と意見が合う時、それは死に直面する時と言ってもいいだろう。それ程までに性格も思考も真逆なのだ。
「…あなた達、よく一緒に住んでるわね。」
「あれでも丸くなった方だよ。」
顔を見ずとも、キリがドン引きしているのがヒシヒシと伝わってきた。
僕とキリは、逃亡犯の遺体を布袋へ入れ、その場の土へ埋めた。
この地下帝国では、毎日罪を犯す者が現れる。犯罪者が現れた時に出動するのが僕達なのだが、殆どはヤマが前線に立ち、後片付けを僕とキリでしているのがいつもの流れだ。だが、ここ最近のヤマは犯罪者を殺めてしまう。事情を聞いても答えてくれない。答えたとしても「犯罪者には生きる価値が無い」という言い分が口癖になっている。
「何かあったのか?」
ひと月前の問い掛けにヤマは「別に。」と答えた。
五年の月日は嘘を付かない。嘘をついているのはヤマ自身だった。
「アキ、これで目標の三千人突破だな!」
ヤマは何事も無かったかのように、陽気な様子で僕に話し掛けてきた。
「…あくまで生きるために協力したんだ。それだけは忘れないでくれ。」
「あぁ。お陰で地上に出られるぜ。」
ヤマが地下帝国行きになった理由は二つある。
一つは、僕を追ってきたと本人から聞いた。しかし、もう一つはキリから聞いた事だが…
「アキが連行されてから、ヤマはずっと一人で過ごしていたのよ。誰が話し掛けても無視、まるで魂が抜けてしまったかのような…そんな様子だったわ。そんな時、軍団長に呼ばれたヤマはそのまま姿を消した。まあ地下行きになったってすぐ分かったんだけど、まさかその後私まで地下行きになるなんて思わなかったけどね。」
キリの語った内容だけでは、到底地下行きにはならない。しかし、軍団長に呼ばれてヤマは何を言われたんだ?それとも軍団長に何かしたのか?
そして、ヤマに課せられた軍団長からの指令。
『地下帝国で三千人の犯罪者の捕獲。』
謎ばかりが残る現状。
僕達はベアーズロックの迎えを待ち続けた。
『きゃああああああぁぁぁぁああああッ!!!』
僕達は「あと少しで地上なのに…」という感情を押し殺し、重い腰を無理矢理上げた。そして、悲鳴の聴こえた方向へと急いだ。
次回もお楽しみに!