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#6 新種のベア ー天才と凡人の差ー


「…全身が痛い…もう少し手加減してくれよ…。」

ベアーズロックでの試験を無事終えた僕達は、宿舎へと戻り、各々傷を癒す為に勤しんでいた。

最後の試験であの輪の中から抜け出せた者は結局現れなかった。頼みの綱であったルイも呆気なく失敗に終わった。唯一意表を突いたのはヤマだけだ。僕自身はヤマの判断が模範解答と思ったが、隊長達にとってはどのような判定になっていたのか全く検討も付かない。


『明日の早朝、本日の試験結果を発表する。尚、イケの試験は一週間後とする。以上だ。』


軍団長は強面ではあっても、話せば理解してくれる節があるのかもしれない。そう思いながら、足腰の痛む部位を擦り続けた。

「…アキ。」

部屋の入口でイケがこっそりこちらを見つめていた。

「どうしたの?入ったら?」

僕がそう言うと、イケは戸惑いながら僕の近くへと座り込んだ。

「…あの…本当にごめん。僕の力不足でアキを巻き込んでしまって。」

彼は彼なりに自分の無力差を体感したのかもしれない。理想と現実のギャップに気付くのも、人それぞれタイミングがある。そのタイミングが彼にとって今日だったという事に過ぎない。その複雑な感情がどのように変わるかも、己次第だ。僕が今すべき事は、彼を間違った道に進ませない事だと悟った。

「そんな事気にしなくて良いんだ。もう僕達仲間だろ?」

「…アキ。」

「そんな事より上手く飛ぶにはどうしたら良いか一緒に考えようよ。」

イケは籠った声で「うん」と発し、涙を拭った。


翌日、僕とイケは訓練所に来ていた。

今日は避難民全員が安息日だ。部屋に篭もる者もいれば、街に出る者、鍛える者もいる。夫々が自由に過ごせる日、それが安息日だ。

安息日という言葉とは対極、僕とイケは空を飛ぶ訓練の為に此処へ来ている。

「さぁイケ、これを着て。」

ビケットを手渡すと、イケが浮かない表情をしている事に気が付いた。

「…僕に出来るのかな?」

「出来ないホウジンゾクなんていないよ。練習すれば必ず出来るようになるさ。」

僕がイケの肩に手を置いた時、身体の震えが徐々に弱まっていくのがわかった。

イケは覚悟を決め、ビケットに腕を通した。

そこからの事はあまり覚えていない。だが、はっきり言える事もある。イケはこの一週間、相当な努力を繰り返したという事だ。


一週間後の試験、イケは飛んだ。

それは誰よりも高く、誰よりも速く、そして誰よりも上手く飛べていた。

「アキ、何をしたらあんなに上手く飛べるようになるんだ?」

「僕は何もしてないよ。特訓に付き添っただけ。」

ヤマは腹を抱えて笑った。しかし、どことなく引き攣っていた。

「嬉しいし良かったとも思う。でも、恐いよな。」

「そうだね。」

この時、僕とヤマが感じたものは同じだったと思う。イケに対する【恐怖】だ。本来、ホウジンゾクが飛ぶ為には、幾つかの過程が必要だ。しかし、それは成長と共に覚えていくもので、完全習得までに早くとも十年は掛かると言われている。覚えるタイミングも時間も人それぞれ。

イケ以外の避難民は、僅かでも羽根の使い方を知っている。そのため、数週間で習得しても何らおかしくは無い。

だが、イケは別だ。全く飛んだ事の無い状態だったにも関わらず、イケはたった一週間でマスターしたのだ。

僕とヤマが抱いた【恐怖】とは、様々な捉え方が出来る。僕達が感じたのは、イケは生まれ持った才能の持ち主という事。即ち【天才】と結び付く。

僕からしてみれば、ヤマも【天才】の一人だ。それに比べ僕は、【凡人】そのものだ。努力を怠れば何も出来ない。一歩遅れれば、十歩の差が着く。

イケを正しい道に導くという自己目標は達成出来たのかもしれない。だが、今の僕は一体何処に立っているのだろうか。


「アキーッ!ありがとうーッ!」


空の上から満面の笑みで手を振るイケを見て、僕は第二の感情が生まれた事を感じ取った。笑顔で手を振り返すも、それは偽りの感情。果たして今の僕は、昨日までの僕のように笑えているのだろうか。


「アキ。今何を感じている。」

僕のすぐ隣には、軍団長が立ち尽くしていた。

「何でしょうね。正直、戸惑っています。確かにこの結果を望んだし、嬉しいんですけど。何だろ…上手く言えないです。」

すると、軍団長はある事を耳元で呟いた。

僕はこの時から記憶が曖昧な状態だ。


……………。


今思えば、この時の軍団長には感謝しなければいけない。今この場で生きていられるのは、全て軍団長のお陰なのだから。

あれからもう八年が経過した。この八年間、僕は太陽を浴びていない。だが、もう少しだ。もう少しで迎えが来る。

しかし、あの日地下行きとなったのは、僕だけじゃなかった。


「なぁにボサっとしてんだ?」

考え事をしていると、後頭部にパチンッ!という音と同時に痛みを感じ取った。

「ごめん、考え事してた。」

「八年前の事か?」

僕は彼の言葉に深く頷いた。八年間も共に過ごすと全てお見通しらしい。

「でもこの生活も明日で終わりだ。軍団長との約束の日だ。」

「僕達だってこの八年遊んでいた訳じゃない。この地下帝国で最高の成績を残したんだ。」


そう、八年前。僕達は地下帝国行きを言い渡された。


『アキ、お前の実力や経験を見れば、間違いなくベアーズロック戦闘部隊になれるだろう。だが、今じゃない。八年後の今日、必ず迎えに行く。それまで耐えてくれ。その日が来たら、お前が地下帝国行きとなった理由が分かる。』


地下帝国行きになったのは僕一人だった。

他の避難民達は、それぞれが希望する部隊に配属された。

地下帝国行きになった僕に近付く者などいなかった。誰かが話し掛けに来るなんて事もなかった。その場で地下帝国へ連れて行かれた僕は、石で作られた牢屋に放り込まれた。


「一週間、そこで生き延びろ。一週間後、生きていたら出してやる。」

そう言い残し、ベアーズロック隊員は去って行った。

「待ってよッ!こんな所にいたら死んじゃうよッ!ご飯…ご飯はッ!ねぇ!なんか言ってよッ!」

僕の声が届く事はなかった。

牢屋は古く、天井の隅には蜘蛛が巣を張っている。どこからか聞こえてくる鼠の鳴き声。カサカサと足元を通る虫。

「…もう嫌だ。」


三日後、僕は空腹で身動きが全く取れなくなっていた。顔に虫が乗ろうと、近くに鼠が来ようともうどうでも良かった。何ならお前達が僕を殺してくれないかと内心懇願していた。

空腹のせいで視界はボヤけ、意識が朦朧とする。あと四日も耐えられる自信は無い。こんな事ならベアに喰われた方が良かったのではないかとさえ思うようになっていた。


「思ったよりも元気そうだな。」

檻の外から誰かがこちらを見つめていた。

しかし、口元から上は良く見えなかった。

するとその人物は牢屋の鍵を開け、ゆっくりと中に入って来た。

天井を見上げる僕の視界に入り込み、嫌でも顔がはっきり見える位置まで迫って来た。

「シカトしてんじゃねぇよ。」

僕は彼の表情を見て、涙が込み上げた。

何故此処にいるのかなんて、もはやどうでも良かった。

「…ヤマ…なんで…。」

本当にヤマがいるのか?

それとも夢なのか、幻か?

「俺も地下行きになった。またこれからよろしくな。」

訳が分からなかった。

それでも仲間に会えて嬉しかったという事実は隠せなかった。

栄養不足で身動きの取れない僕に、ヤマは水と食料を手渡して来た。

「ゆっくり食べろよ?話はそれからだ。」

三日ぶりの食事。無味無臭のパンではあったが、口に含んだ瞬間、仄かなパンの甘みが広がった。そして、そのパンは今まで食べたどんなパンより美味しかった。

そして僕は、再び涙を流した。


次回もお楽しみに!

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