#61 友の死を乗り越えて
エトを連れ去ったそいつは、小柄だが筋肉の付いた身体に全身を赤毛で覆っている姿だ。
時々振り向くその顔容はまさにあの日の鬼そのものだった。
しかし、身体の大きさが違った。
あの日の鬼は木々と並ぶ程の大きさだった。
それに比べこの鬼は小さい。だが、木を渡る速さが尋常ではなかった。
全力で追い掛けているが全く追い付けない。
「エトッ!」
エトは木に頭を打ったのか気を失っていた。
私はただひたすらに追い掛けた。
「ウゥッ…バウバウッ!!」
鬼がこちらに向かって何かを訴えかけるように声を荒らげた。
「…追い掛けて来るなって言うの?」
鬼の辿り着いた先には大きな洞窟があった。
その洞窟は各村へと繋がる【トンネル】と言われる通路だ。この位置から考えられるトンネルの先は、ソウモリ村だ。このまま逃げられれば、この鬼はサマー隊長の元へと行ってしまう。
その時だった。
一瞬、何故か辺りが静かになったのだ。
そして、何処からか雷鳴が轟き、雷は鬼へと直撃した。
しかし、空から雷が落ちた訳ではなかった。
目の前で右から左へと雷が横切ったように見えた。
視線を雷の末端に向けるとそこには何者かの姿があった。
刃を収め、振り返ったその男は、イケ隊長だった。
「…隊長さん。」
鬼の首は転がり落ち、エトは鬼から解放された。
宙で離されたエトは、水切りのように転がっていった。
「ユイ、大丈夫だったか?」
「…どこ行ってたんですか…私達、隊長さんを探しに来たんですよ。」
「…ごめんな。あの鬼を仕留めるつもりで村を出たんだが、妙な事が判明してな。」
「…妙な事?」
隊長さんは手で私に着いて来るよう合図をした。エトを軽々持ち上げ、抱えながら洞窟へと入って行った。
水が一滴落ちるだけで洞窟内に音が響く。
その音のせいで、何故か不気味さが増しているように感じた。
「…隊長さん。一体何があったんですか?」
「僕達ホウジンゾクは生まれつき羽根がある。それをどれだけ強化するかは己の意思。しかし、強化する必要が無いもの、それは俺達の能力覚醒だ。能力覚醒については明確な年齢は定められていない。幼少期から発症する者もいれば、高齢になるまで出ない者もいる。だから僕達は、誰が何の能力を持っているのかなんて明確には知らないんだよ。当然隠す事も出来るしな。」
「…はい。でもそれが何の話に繋がるんですか?」
一息置いた後、イケ隊長は再び口を開いた。
「僕達が鬼と呼んでいたあいつ。恐らく変異種のベアだ。鬼とベアの能力が混合した身体能力なんだろう。」
「…確かに変異種であれば身体の大きさ変化の説明もつきます。ですが、あの顔…今まで見たベアとは違ってました。それに、変異種なら何故言葉を話せないんですか?確か変異種は、ホウジンゾクと同じ言葉を話せますよね?」
すると、イケ隊長は突然立ち止まり、後ろに振り返った。
「僕達ベアーズロックは、全てのベアを討伐せずにナウチー村へと逃げたんだ。その後ホッカイ島でベアが何かしらの知識や能力が覚醒した可能性もある。推測に過ぎないが、僕達は何者かに一部の記憶を消されている可能性がある。その記憶を消した奴こそ、僕達が唯一出会さなかった王のベアなんじゃないかと思っている。」
「…王のベア。確か全てのベアの生みの親ですよね?生みの親を倒さなければベアは生まれ続けるはず。てことは、ベアーズロックは負けたって事ですか?」
イケ隊長は黙って頷いた。
「だが、何度思い返しても辻褄が合わない。僕達が王のベアを倒さずに逃げるはずが無いんだ。それに僕は、何か大切な事を忘れてしまっている。そんな気がしてならないんだ。だから僕は、もう一度ホッカイ島へ行く。だからユイ、手を貸してくれないか?真実を求めるために。」
私には迷う時間などなかった。
断ったところでこの先する事なんか無いし、第一ナウチー村まで一人で戻るなんて絶対嫌だ。
それに、私とエトはイケ隊長について行くと決めている。
「どこまでも付き合いますよ。私とエトは、イケ隊長の部下ですから。断るなんて事はしません。ただ約束してください、単独行動はしないと。」
イケ隊長は安心した様子で頷いた。
「…ところで何でソウモリ村に向かってるんですか?」
「それはな…」
すると、イケ隊長によって抱えられていたエトが目を覚ました。しかし、様子がおかしかった。
「ウゥッ…バウバウッ!」
「エト!?」
エトはイケ隊長の手を振りほどき、少し離れた所から四足歩行の動物のように威嚇していた。
「エトッ!私よ!ユイよ!」
すると、イケ隊長は私が歩み寄ろうとするのを止めるように肩を掴んだ。
「エトは、さっきの変異種に噛まれたようだ。変異種に噛まれると稀に感染症を発症する事がある。エトの顔や四肢を見てみろ。」
私はエトの顔と四肢を順に見ていった。すると、顔面は引き攣ったようになり、四肢は真っ赤に腫れ上がっていた。全身に痙攣を起こしながらも四足で何とか立っているようにも見えた。
「…隊長さん…どうにもならないんですか?」
「…サマリに聞いた事がある。今の医学じゃ治せない病気も多いらしい。僕も見たのは初めてだけど、話には聞いていた。稀に起こす感染症になった者は全員今のエトのようになる。そして、この感染症を治す薬は今は無い。」
「…そんな…ここまで一緒に来たのに。」
私は落胆し、膝から崩れ落ちた。
すると、イケ隊長は刃を抜き、私の前に立った。
「せめて…苦しむ前に…」
私は涙が止まらなかった。私にはどうにもできないと分かっていた。私はその場で蹲るように顔を下に向けて耳を塞いだ。
どんなに耳の奥まで指を入れても、微かに動物のような鳴き声が聴こえた。
その苦しみから一瞬で開放されたと思えば、僅かに気持ちが楽になった。
それでも、友人を失った事には変わりなかった。
その後、暫く静寂が続いた。
私が落ち着いた頃、既にエトの姿は無かった。イケ隊長が出口まで運び、埋葬してくれたそうだ。
「大丈夫か?」
私は頷きで返答した。
「出口はすぐそこだ。ユイ、こういう事はこの先何度も続く。僕が死ぬ事も有り得るんだ。それを覚悟した上で僕に着いて行くのか改めて考えてくれ。」
私はゆっくり立ち上がり、イケ隊長に顔を向けた。
目の周りは赤く腫れ上がり、鼻水も垂れていた。
「私は…ナウチー村を出る前から覚悟は出来ています。だから、大丈夫です。」
もう一度涙と鼻水を袖で拭い、私はイケ隊長の後を着いて歩いた。
友の死を乗り越え、一点の光の先へと向かった。




