#5 新種のベアー闘いの成れの果てー
「試験の内容は、各部隊によって違う。研究部隊については、ベアの知識を叩き込んだ後に筆記試験で判断されるので覚えておけ。戦闘部隊、防衛部隊はこれから三つの試験で評価される。この三つの評価で配属先が仮決定し、満点は三十点となる。何か質問はあるか?」
僕達は、既に何かを問う気力などなかった。
軍団長は僕達の表情を見て、颯爽と試験に取り掛かるよう号令を掛けた。
「ではまず、羽根の使用と刃の戦闘試験を開始する。」
「なぁアキ。お前はどこの部隊希望だ?」
ヤマが不敵な笑みを浮かべて話しかけてきた。
「母さんの恨みを晴らす為には、一つしかないよ。」
「だよな。」
ヤマは少し嬉しそうにしていた。
「では各自羽根を動かしてみろ。」
軍団長の言葉で僕達は肩幅程の距離を空けた。そして、各自羽根を動かすよう努めたが、宙に浮いたのは僕とヤマだけであった。
「流石だなアキ!俺達の歳じゃ一瞬浮くのが精一杯なのに。」
「そういうヤマも余裕だね。」
ヤマは「だろ?」と自信満々な表情を見せた。しかし、実際は僕に余裕はなかった。何とか宙に浮いている状態だ。それに引替え、ヤマは腕を組んで綺麗に羽根を動かしていた。
他の避難民を見ると、一瞬浮く人もいれば、羽根しか動かせない人もいた。
「そこまで。次に刃の模擬戦闘に入る。あれを見ろ。」
軍団長が指した方向にはベアの模型が置かれている。ベアの模型は、1メートルから3メートル大の三種類が設置されている。
「あそこに設置されている模型は全て実際のベアをモチーフに作られている。ベアの弱点は主に目、鼻、眉間とされているが、一撃で仕留められなければ返って危険が生じる。躊躇すれば死、冷静な判断でベアの模型に刃を突き刺せ。飛べない者はビケットを貸す、その上で評価させてもらう。」
僕とヤマ以外の八名はビケットを渡され、装着と同時に浮遊を始めた。しかし、イケはビケットを装着しても飛べなかった。
焦るイケに軍団長が近寄ると険しい表情で彼を見下ろした。
「あ、あの…僕…ビケット…着けたことなくて…。」
「もういい、お前は失格だ。」
失格を言い渡された場合、イケの選択肢は防衛部隊か研究部隊に限られてしまう。しかし、僕は昨日のイケの話を聞いて、放っておく事が出来なかった。
「待ってください。イケはビケットを装着した事が無いんです。少しだけ猶予を与えては頂けないでしょうか。」
「猶予?お前達はベアと遭遇したら、飛ぶまで待ってくださいと懇願するのか?」
「そうは言っていません。そんな事にならないよう今待って欲しいんです。」
「わかった。だがもし彼が失格になるような事があればお前はベアーズロックから追放とする。」
軍団長の目は本気であった。しかし、もう既に後には引けなくなっていた。
「…わかりました。」
「アキ…僕の為にそんな…。」
「良いんだ。イケ、飛べるように頑張ろう。」
イケは涙目になりながら深く頷いた。
その後も試験は続き、それぞれが今の持つ全ての力をベアの模型へとぶつけた。
しかし、十歳の力では切り口が浅くなってしまう。三メートル級のベアにはとても深い傷口を作る力などなかった。
「そこまで!」
軍団長の号令で僕達は毒付刃の試験を終えた。
「最後の試験は判断力だ。今から各部隊の隊長をベアだと思え。各部隊からどのように逃げるか判断しろ。尚、刃の使用は禁ずる。」
そして、僕達は一人ずつ最後の試験に取り掛かった。
「現役隊長から逃げるなんて無理に決まってるじゃない。」
センリはぶつぶつと文句を言っていた。
「いやぁ、感慨深いねぇ。数年前までは私がそこに立ってたんだけどなぁ!」
二番隊のリトルサマー隊長が腕を組んで頷きながらセンリを舐め回すように見ていた。かつての自分を思い出している様子だった。
「やめなよサマー。彼女が怯えているじゃないか。」
「テイル、あんただってあの時は子鹿みたいだったじゃない!プルプルプルプルって内股でさぁ!」
「なっ!?昔の話を持ち出すのは厳禁ですよ!」
じゃれ合う二人を見ても、僕達の心は硬い紐できつく結ばれたままだった。
「…サマー、そこまでにしておけ。テイルも一々サマーの挑発に乗るな。」
「…すみません。」
「なぁにさ!イマだって似たようなもんだったじゃないか!」
イマ隊長は鋭い目付きでリトルサマー隊長を見下ろしていた。そして、女性という性別を打ち消すように、イマ隊長はリトルサマー隊長の胸ぐら掴んだ。
「…何かまだ言いたい事はあるか?」
「…ひえ…はりましぇん。」
流石は一番隊隊長といった所だろうか。力強い貫禄と目付き、胸ぐらを掴んだだけであのリトルサマー隊長を抑え込んだ。
「ハハッ相変わらず懲りないなサマー。まだイマにちょっかい出してるのか。」
笑いながらイマ隊長とリトルサマー隊長を見ていたのは、五番隊のマエキヨ隊長だった。中年の膨らんだ腹部は見せ掛けで、剛腕と呼ばれる怪力で何頭ものベアを討伐してきたらしい。
「マエキヨさん、サマーったら未だに興奮したら全身から我慢汁が出るんですのよ。」
上品な話し方でリトルサマー隊長を小馬鹿にしているのは、四番隊のエンドラ隊長だ。エンドラ隊長も少ない女性隊員の一人。四番隊の隊長を受け持つ程に実力は相当だとか。
「ハハッそれではサマーではなく、カウパーだなっ!ハハッ!」
「お前らッ!後で覚えておけよッ!首を盛大に汚して待っとけ!」
「…洗ってだよ。」
マエキヨ隊長の言葉に腹を立てたリトルサマー隊長の発言に、テイル隊長は呆れたように小声でツッコミを入れていた。
そんな隊長達の予想外の一面見た僕達だったが、それは隊長達が辛く長い月日を共にしたという証にも捉える事が出来た。
「…無駄な時間を過ごした。おい、早く入れ。」
イマ隊長はセンリに指を向け、隊長達の輪の中に入るよう指で呼び付けた。
その仕草にセンリは不満気な様子を露わにしていた。しかし、反抗の出来る立場では無いと、センリは十歳とは思えない程脳をフル回転させた。
そんなセンリの姿を見ても、隊長達は全く気にせずにいた。
「さぁ!センリちゃぁん!私の胸に飛び込んでおいでっ!さぁ!さぁさぁさぁ!」
リトルサマー隊長の誘導にセンリは全く動じず、その隙にどの位置であれば脱出出来るのかを考えていた。
「…見つけた、そこっ!」
センリは肩幅程開いているリトルサマー隊長とイマ隊長の間を目掛けて、全速力で走り出した。
「…。」
「ほぉ!そう来るかっ!」
センリが全速力で向かってくるにも関わらず、イマ隊長は目を閉じて腕を組んだままだった。リトルサマー隊長も謎のハイテンションでセンリをただただ眺めていた。
「舐めないでくださいっ!」
全速力からの急停止、その瞬間ビケットを起動させ、センリはイマ隊長の方向へと軌道を変更した。
しかし、軌道変更した瞬間にイマ隊長は開眼した。そして、片手でセンリのビケットに手を伸ばし、羽根を握った。
「なっ!?」
「…まだまだだな。実力差というやつだ。」
捨て台詞を放った後、イマ隊長は握り続けていた羽根を離さず、そのまま地面へと叩き付けた。
地面からは砂埃が舞い、その中から鼻血を流したセンリが姿を現した。
「…次。」
気を失ったセンリを見て、僕達は唖然とした。
アユ、キリ、カエデ、シオナ、オリカは、夫々恐怖を押し殺しながら輪の中に入るも、当然返り討ちにあった。
「…次。」
低音で圧の掛かったイマ隊長の声に臆せず、ヤマは隊長達の輪の中に入った。
「それでは開始だ。」
軍団長の合図と同時に、ヤマはそのまま真っ直ぐ上空へと飛び立った。
「要は捕まらなきゃ良いんだろ?そのまま飛び立てば良いじゃねぇか。わざわざ自分より強い隊長達の間なんて抜けるはずがねぇからな。」
ヤマの発言に僕はハッとした。僕とってその発言は目を覚ます言葉の集まりだった。もしかするとこれが模範解答なのではないかと思ったからだ。
「ヤマ、降りて来い。次、入れ。」
しかし、ヤマと同じ事をしても何の意味もない。僕は僕の考え方で、隊長達の囲む輪の中から逃げ切る事を考えた。そして、静かに輪の中へと一歩踏み出した。
「それでは開始。」
僕はエンドラ隊長とマエキヨ隊長の間に全速力で走り出し、羽根を上手く操作しながら向かった。
「ハハッ!それでは今までの子達と同じだぞっ!」
「ここからどうするのか見物ね。」
エンドラ隊長とマエキヨ隊長は、僕を通さないよう腰を下ろして構えていた。
しかし、僕はそこから急展開させ、エンドラ隊長とテイル隊長の間へと方向を切り返した。
「それじゃあ一番最初の子と同じじゃないかな?」
テイル隊長の目は可哀想な子供を見る目だった。しかし、僕は目もくれず全速力で向かった。
テイル隊長はマントに隠れていた尻尾を出し、僕に目掛けて振り落として来た。同時にエンドラ隊長も両手を龍の手に変え、僕に爪を向けた。
その瞬間、僕は全速力で後方へと下がり、テイル隊長とは逆の方向へと方向転換した。
「なっ!?」
「あら、やるじゃないの。」
テイル隊長が飛び掛かった事で、テイル隊長とリトルサマー隊長の間には大きな間隔が開いたのだ。
「いっけえぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「すげぇぞアキ!そのまま行ったれぇ!」
ヤマの掛け声に僕は「よっしゃ」と一瞬の気を緩めた。すると右下の視界に人の顔のようなものが映った。
「なんでそこにお前がいるんだって顔してるね。それはね私が誰よりも瞬発力に長けているからなんだよ。」
この時、リトルサマー隊長が何故二番隊を任されているのか初めて理解した。
そして僕は、リトルサマー隊長に蹴り飛ばされ、再び輪の中へと戻された。
お久しぶりです、ゆるです!
いつもご愛読してくださっている方々!投稿が遅くなり本当に申し訳ありません!
お待たせ致しました、じっくり読んでやってください!笑
次回もお楽しみに!