#55 嵐の前の静けさ
家に向かう帰り道、僕はサマー軍団長にとある話を持ち掛けた。
それは、王のベアの件だ。
「…そうか。王のベアの正体はエアで、それを何者かが継いだ可能性があると?この三年間の被害の少なさを見ると、そいつが継ぐことでこれ以上の被害出さまいと思ったのかもしれないな。」
「そんな気がします。最後に王のベアに会った時、何となく覚えているんですが、その継いだ人の顔だけが分からなくて。でも結局、その人は全部自分で背負い込んだんだと思います。」
「…だとすると妙だな。」
サマー軍団長は渋い表情で顎に手を当てて俯いた。
「何故そいつは、東北地方のベアを野放しにしているんだろう。被害者は出ていないにしても、住民にとってベアは恐怖対象でしかないだろう?」
「もしかして、ホッカイ島のベアの王であって、他の地方は関係ないとか。あるいはベアではない、別の生物なのか。」
「どちらにしても行ってみないことには分からないさ。何せ、まだベアの真実はごく一部しか明かされていないんだから。」
サマー軍団長の横顔は、どことなく切なかった。切なさの奥には怒りの感情が眠っているということも。
僕達はまた、踏み込んではいけない領域に行こうとしているのではないか。だとしても…
「必ず真実を掴みましょう。そして、この目で見ましょう。僕達の未来に繋がる道を。」
「そうね…でもちょっとその台詞はイタイかな。」
僕は再びサマー軍団長を刺した…心の中で。
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────ここは…どこだ?
僕は淡い黄色の空間にいた。
よく見ると僕は眠ったままだ。
一瞬死んだのかと錯覚してしまったが、どうやら夢を見ているようだ。夢の中でも眠っている、その姿を別の視点で見ているということになる。
────何だか心地良い空間だ。例えるなら、綺麗な草原で横たわっているような。
すると、眠っている僕の身体の上に何かが現れた。
────あれは何だ?
靄が掛かるように不鮮明だったその姿は、徐々に姿を表した。
袖が赤い青色の服、チェック柄の短パン、えんじ色のハット。
────流石にダサいな。
「全て聞こえているぞ。」
────あ、すみません。
「…まあ良い。イケ、ホッカイ島には来ては行けないよ。勿論君だけでなく、ベアーズロック全員。」
────何で僕の名前…それに何故ですか?
「ホッカイ島は、既にベアの島と化している。ホウジンゾクとの戦争が終わり、残されたベア達は安らかに暮らしていた。繁殖を始めた事でその数は千をも超えている。」
────千頭もいるのか…。
「それに、ここ最近荒れていてな。不思議な事にベアは増えては減ってを繰り返している。何者かが毎晩ベアを狩っているようなんだ。」
────ということは…。
ホウジンゾクの誰かが、ホッカイ島で生存している事になる。
「フードを被っていて私にも誰か分からない。結論、今ホッカイ島に来るのはやめた方が良い。まああの軍団長の事だから、何を言っても来るのかもしれないが。」
翌日明朝…
僕の話を聞いたサマー軍団長は腹を抱えて笑っていた。
「イケ、いつから夢なんて真に受ける様になったんだ?」
「別に笑われるのは分かってましたよ。一応言っておこうと思っただけです。でも妙にリアルだったんですよね。」
サマー軍団長は涙を流す程に笑い続けていた。
結論、僕達ベアーズロックは予定通りホッカイ島に出発する事となった。
「イケ、大丈夫か?」
「軍団長に何言ったのよ。」
馬鹿にされる僕を遠目で見ていたルイとセンリが心配そうに近付いて来た。
「大した事じゃないよ。夢の話したら笑われただけ。」
「「夢の話?」」
僕は事の経緯を二人へ話した。
すると、二人もクスッと笑った。
僕は笑った二人を目を細めて睨んだ。
「あぁ、すまない。笑ってはしまったが、あながち馬鹿にも出来ないよな。俺達は、有り得ない経験を何度もしてきたんだからな。」
「確かに。念の為、慎重に行きましょう。」
あの戦争以降、この二人は変わった。正確に言うならば穏やかになったというのが正解だろうか。
「イケ隊長、もしかしてビビってるんすか?」
後方から悪巧みでも考えているのかと言いたくなるような表情をこちらへ向けていたのは、僕の率いる二番隊隊員のタイセイであった。
「ベアなんて首と目を斬れば倒れる雑魚っしょ?そんなのが怖いんじゃ、隊長交代も近いですかね!」
「おいっ!その態度は何だ!」
タイセイの態度が気に入らないのは、その場にいた隊長全員が思った事だ。タイセイの標的は僕のようだが、僕よりも先にルイが怒りをぶつけた。
「ルイ隊長、もう時代は変わったんですよ。今の時代、そういうのをハラスメントって言うらしいですよ。体罰とかいじめとかあれば相談する窓口が出来たの知ってます?今のルイ隊長の発言はアウト、僕が申告すれば一発で首が飛ぶんですよ。」
「てめぇっ!」
ルイはタイセイの胸ぐらを掴んだ。
「きゃー!やめてー!体罰よー!」
タイセイは声を高く大きく荒らげ、周囲の目をこちらへ向けた。
「ち、違う!これはそんなんじゃ!」
焦るルイを見てタイセイはケラケラと笑っていた。
すると、それを見たセンリが二人の間を取り持った。
「そこまでにしておけ。このままではルイもタイセイも除籍になりかねない。」
「はあ?何で僕が除籍になるんすか。」
センリはタイセイの胸ぐらを掴み、思い切り引き寄せた。
「大人なら一度言われた事は直せ。無駄な争いは必要ないんだからな。ルイを吹っ掛けたのはどう見てもお前だ。それにイケに対しての礼儀も弁えなければな。」
タイセイは驚きのあまり声を失っている。センリの手を振りほどき、睨みながら隊員のリョウとその場を去って行った。
「…ありがとう、センリ。」
「イケ、お前もお前だ。隊員に舐められていては示しがつかない。もう少し隊長としての自覚を持つべきだ。」
「…そうだね。ごめん。」
「それにルイも。カッとなるのも分かるがもう少し冷静にな。」
「…あぁ。」
センリの説教を受けた後、俺達は持ち場へと着いた。
各隊長の後ろに隊員が整列している。
僕の後ろにはタイセイが立っており、石を当ててきたり蹴ったりしてきた。
それに気付いている後方の隊員は目を逸らす事しか出来ず、隊長達は前列で気付く事は無かった。
タイセイに対し、僕は一切の反応を示さなかった。
それが気に入らないのか、タイセイは何度も嫌がらせをしてきた。
しかし、僕は一切反応をせず前を見ていた。
すると、タイセイが真後ろへ近付いてきた。
「調子に乗るなよ。移動中にその場から引きずり落としてやるよ。」
それに気付いたセンリとルイが「おいっ」と声を上げる。ニヤリと笑いながら下がるタイセイの顔が想像出来た。
それでも僕は前だけを見続けた。
「これより東北地方のベアの捜索、討伐へと出発する!各隊員、羽根を動かせ!」
至る所から羽根を高速でばたつかせる音が響き渡る。
「いくぞっ!」
サマー軍団長の指揮の元、僕達は再び羽ばたいた。
武装状態で飛行するのは三年ぶりだ。
上空から見下ろす景色は、過去最高に美しく見えた。




