#53 正しい選択
湖の中心に浮かぶ古城を背景に、優しい表情のアキが目の前にいる。
「アキ、無事で良かった!早くこの島から脱出しよう!」
しかし、アキは首を横に振った。
「…なんで?それになんか…本当にアキ?」
「イケ、長くこの空間にいてはいけない。航空機の行き先にゲートを繋ぐからそこから向かうんだ。」
アキは掌で円を大きく描き、スカイブルー色の光が現れた。
「…何でだよアキ。一緒に行こうよ。僕が生き残れたのは、アキとの時間があったからだよ。僕にはアキが必要なんだ。それに、イマ隊長やセイラさんもまだこっちにいるんだ。だから…」
「イケ、僕はもうホウジンゾクじゃないんだ。エアが王のベアで、僕はその意志を継いだ。それに、イマ隊長はもう身動きが取れないし、セイラさんもさっき息を引き取ったよ。」
「…何で。」
「すまない。結局僕は、弱い人間なんだ。現にイケの事しか僕は救ってあげられなかった。」
アキはゆっくり歩み寄り、僕の肩に手を置いた。
「イケ、イケは僕なんかよりずっと強い。今度はイケが誰かの為に生きるんだ。その生命を大事にね。僕はずっと見守っているよ。」
アキはそのまま肩を強く掴み、勢いで僕を投げ飛ばした。その力はホウジンゾクではなく、ベアそのものだった。
僕はそのまま、スカイブルーのゲートに身体が吸い込まれた。
「アキッ!!!」
差し伸べた手の先には、アキが笑顔でこちらに手を振っていた。
しかし、アキの眼からは雫が落ちていた。
これが、僕達にとって正しい選択だったのかは分からない。
でももう、やり直す事は出来ないのだ。
「…さようなら。」
どこからか声が聴こえる。
────イケッ!イケッ!
誰かが僕を呼んでいる。
僕は何をしていたんだっけ…。
確か、百獣のベアと闘って、湖に落ちて…それからが思い出せない。
────イケッ!
目を開けると、綺麗な青空が広がっていた。
そして、僕の顔をルイが覗き込むように見ていた。
「イケッ!イケが目を覚ましたっ!」
ルイの言葉で他の隊員達が僕を囲むように集まる。
「…皆。あれ?何で此処にいるんだっけ。」
「…覚えてないのかい?私達は航空機でさっき着いたばかりだが、イケは私達より先に来ていたようだぞ。」
僕は何があったのかを再度思い返してみた。
すると、広い湖と古城、顔が黒く塗り潰されたホウジンゾクが脳裏を過ぎる。思い出そうとすると何故か頭痛が襲う。
「…誰かに会ったような。それに、その人が僕をここまで連れて来てくれたんだと思います。」
「そうか…所でイマやセイラはどうなった。」
サマー隊長の言葉に僕はハッとした。
二人の姿は見ていない。
だが、二人が亡くなったという事だけは何故か分かっていた。
「…四天王のベアを倒して亡くなりました。」
サマー隊長は悲しそうな表情を隠し、隊員達は下を向き始めた。
「でももう大丈夫。変異種はもういません。王のベアはアキが継承したし、もう危険はありません。」
「…アキって誰?」
キリの質問が僕にはよく分からなかった。
「?僕、アキって言った?」
「言ったよ。」
────アキって誰だろう。
「でも、その方のお陰でイケも戻って来られたなら感謝しないと。」
ライラ女王の言葉に全員が頷いた。
助からなかった人の分まで必死に生きる、それが僕達に出来る最大限のお供えだ。
僕達は再び空を見つめた。
僕達が避難してきた村はナウチー村という。
最南端に位置する島だ。
村の人々は、避難してきた僕達を暖かく迎え入れてくれた。
気候も暖かく、時々吹く風が心地良く感じる。
こんなに穏やかな気持ちになったのは何年ぶりだろうか。
ベアーズロックとしての役目を終えた僕達は、ナウチー村の発展に努めた。
金こそ無いが、食に困る事はない。
野菜は育ち、果物や魚も豊富な村なのだ。
今の僕達には、それだけで充分であった。
生きているだけで意味があり、生きている事に価値がある。死にかけた僕達だからこそ思える事なのかもしれない。
今を生きる僕達は、僕達に出来ることをやればいい。
僕達にしか出来ない事があるはずだ。
ホウジンゾク同士、助け合えば良いのだ。
死んで良い人間などこの世に存在しないのだから。
そして、ベアとの激戦から三年が経過した。




