#4 新種のベアー尊厳破壊ー
【ベアーズロック内 宿舎】
この宿舎は、ベアーズロックの隊員も使用している。その為、僕達避難民の部屋はかなり狭い。一室に二段ベッドが二つ置かれているが、歩く所がほぼない状態だ。そんな中、男が四人ベッドで横たわっている。
「おい、お前。」
二段ベッドの上から下を覗き込むように話しかけてきたのは、ヤマという少年だった。
「…何?」
「さっき言ってた新種の話は本当か?」
僕は首を縦に振った。
「そうか。大変だったんだな。俺、ヤマって言うんだ。ケシマ村出身だ。」
「…アキです。モルイ村出身。」
ヤマは思っていたよりも話しやすい少年だった。村が崩壊して、両親が死んで、誰も助けてくれない状況の中一人で逃げる生活を送っていたそうだ。誰も信用出来ない、そう思った時にベアーズロックに保護されたと話してくれた。
「お前は俺と似たような恐怖にあっている。だからこそ信用出来る。」
ヤマは右手を差し出し、僕達は強く握手を交わした。
すると、他の二人の少年が僕達の話を遮った。
「…あの、僕達ビラコ村出身で。あ、僕はイケって言います。」
「俺はルイ、これからよろしく。」
僕とヤマは目を合わせて、二人へ向き合った。
「こちらこそよろしく。」
「俺はヤマ、こっちがアキだ。避難民同士仲良くしようぜ。」
僕達四人は互いに握手を交わし、それぞれの村で起きた事を話し合った。
話を照らし合わせると一つ分かった事があった。それは、全ての村がほぼ同じタイミングで襲撃にあったという事だ。
「同時に襲撃にあうなんて何か妙じゃないか?まるで誰かが指示したみたいだ。」
ヤマの訴えに僕達三人は同時に頷いた。
「もしかすると、アキの遭遇した新種のベアと何か関係があるんじゃないか?知能の発達で複数のベア指示を出したとしたら?」
ルイの意見は最もである。そうでなければ辻褄が合わない事も確かなのだ。
「…最悪の場合、ホウジンゾクがベアに加担している事も有り得るよね。」
「…なんでそう思うんだ?」
イケの発言にヤマは不審そうに聞き返した。
「…深い意味は無いよ。知能の発達が新種のベアによるものなら、その新種のベアへ知能を与えた人もいるのかなって。それに、そんな話をしているのも聞いたんだ…。」
「誰がそんな話をしたんだ?」
「…五番隊隊長のキムさんだよ。」
僕達はまだ、ベア襲撃による真相の入口に片足を突っ込んだだけなのかもしれない。この時はそう思った。
【ベアーズロック 訓練所】
「避難民の諸君。本日から実際にベアーズロックでの訓練を体験してもらう。今の才能に見合った部隊での訓練を成し遂げ、将来有望な隊員を目指して欲しい。」
ベアーズロックでの朝は早い。
朝五時に起床の合図があり、五分で身支度を整える。朝食は無く、そのまま訓練所での訓練が開始される。僕達は横一列に並び、眠そうな表情を隠さずに立っている。
「それでは、まず避難民全員に自己紹介をしてもらう。名前、出身、意思表明を告げよ。では、彼から順に始めよ。」
軍団長が指したのは、同じ避難民の女の子。僕と同郷だが、話した事は一度もない。
「は、はい!私は、アユと言います。モルイ村出身です。意思表明は…訓練ってまだ良く分かりませんが、精一杯頑張ります。」
少しの沈黙が続くと、軍団長が言葉を発した。
「私の指示が無いと話を繋げられないのか?一人目が終わったのなら、次の者が話を始めよ。時間は待ってはくれない、己の判断で行動できるよう、今の内から気を付けよ。」
二番目の少女は、冷酷な表情をしており、軍団長の言葉に動じず話を始めた。
「同じくモルイ村出身、キリ。何も出来ないベアーズロックにならないよう励みます。」
彼女の言葉は、ベアーズロックの隊員に喧嘩を売ったような口振りだった。現に一部隊員の表情は険しくなっていた。
「…あんな娘、モルイ村にいたんだ。」
同時に僕は、見たことの無い同郷の子に興味が湧いていた。
「ケシマ村出身、ヤマ。全てのベアを潰す。」
「ビラコ村出身、ルイ。これ以上被害が出ないよう、市民の平和を守ります。」
「…ビラコ村出身、イケです。あの、戦力になれるよう…頑張ります。」
「モルイ村出身、アキ。僕はベアを許せません。母さんを食い殺した新種のベアを必ず見つけ出し、この世から全てのベアを抹殺します。」
僕の意思表明に軍団長は少し微笑んだように見えた。
「シオナ、ケシマ村出身。即戦力になれるよう務めます。」
「オリカ、ケシマ村出身です。自分の出来る限りの事をします。」
「カエデ、ビラコ村出身。意思表明は特にありません。」
「センリ、ビラコ村出身です。正直、闘いには興味がありません。自分の適した環境で最善を尽くします。」
避難民十名の自己紹介が終わり、軍団長が前に出る。
「避難民十名、内男子が四名、女子が六名である。ではこれより、試験に入る。この試験での結果で、避難民の配属が仮決定する。本日より八年後の成績で正式な部署が決まる。」
ベアーズロックでは、三つの配属先がある。一つは、戦闘部隊。二つ目は研究部隊、三つ目に防衛部隊となる。
戦闘部隊は、ベアの討伐を主体に活動する。戦闘部隊が討伐したベアを解剖したり、研究するのが研究部隊。防衛部隊は、市民の安全の配慮や避難時の誘導、王都周囲の防衛等を主体としている。
この王都サホロは、街全体を大きな壁で囲っている。街の中にベアが入って来れないよう、充分過ぎるほどに体制が整っている。
今、僕達がいるのは戦闘部隊。十八の年を迎えた時、三つの配属先を言い渡される。
すると、センリという少女がそっと手を挙げた。
「何だ?」
軍団長の威圧的な視線に動じず、彼女は口を開いた。
「試験での仮決定とは、私達の意思は聞いて貰えないという事でしょうか?」
「そうだ。才能に応じた部署で己の業務を全うしてもらう。」
「それは横暴すぎではないでしょうか?」
彼女の言葉にその場にいた全員が肝を冷やした。
「なるほど。そう思うのであれば、手を抜けば良いのではないか?ベアーズロックでは、冷静な判断が必要とされる。少なくともそのような事も考えられないようでは、ベアーズロックには必要ない。」
軍団長は棘の付いた言葉を投げ返した。
「では、三つの配属先とも見合ってないとなった場合、私達はどうなるのでしょうか?」
「それさえも私が言わなければ分からないか?」
センリは、黙り込んでしまった。
当然、ベアーズロックに入隊出来なかった場合、その後の事など誰も分からないのだ。しかし、推測は出来る。恐らく施設に預けられるか、地下洞窟行きだ。
地下洞窟とは、地上で必要とされなかった者の住処だ。地下洞窟に行けば、自身の意思では地上には出られない。現に地下洞窟から出てきた者は、王都サホロ設立以降存在しない。
「それでは試験に移る。」
大きな不安を抱えたまま、僕達は半ば強制的に試験を受けることとなった。
手を抜けばベアーズロックから追放される可能性が跳ね上がり、良い成績を残せばどこに配属されるか分からない。望まない結果を恐れながら、僕達は軍団長について行った。この日、ベアーズロックの実態を知った瞬間だった。
次回もお楽しみに!