#43 離さない友情
現在、私達は木の上で夜を迎えている。
エンドラ、セイラ、ライラと行動を共にしている。
他の皆がどこにいるのか、生き残っているのかは検討もつかない。
イマやテイルの生存も確認できていない現状、私達は一刻も早くこの森から抜け出さなければならない。
願わくば王都サホロ方面。万が一、セトチ方面に出れば飛行場がある。飛行艇に乗って、上空から皆を捜索しつつ脱出も視野に入れられる。一番最悪なパターンは、その二つ以外の方向に出てしまう事だ。
まず今夜はゆっくり休んで、明日朝一でまた歩みを進める。
「サマー隊長?どうしましたか?」
私が考え事をしていると、セイラが寝ぼけ眼で声を掛けてきた。
「何でもないよ。ほら、寝るよ。」
私達は現在、夜道を進行している。
夜は冷える為ホウジンゾクも活動が困難だが、それはベアも同じだ。ベアは夜や冬のような寒い気温の時は行動はしないのだ。
であれば、夜の内に少しでも歩みを進めておきたいというわけだ。
「べ、ベアはいないけど…別の怖さがあるわね…。」
カエデは震えながら周囲を警戒している。
視界も悪いせいか、木の間から何か顔を出してもおかしくない。
その震えは寒さによるものなのか、それとも恐怖によるものなのかを問いたい所だが、その気持ちをグッと抑えながら私も周囲を警戒した。
「ベアがいないなら別に怖いものなんて無いじゃない。」
「何言ってるのキリ!ベア並に怖いのが幽霊ってもんでしょ!」
「幽霊って…。」
カエデに引き続き、アユまでもが妙な事を言い出した。その後もカエデとアユの幽霊論が語られたが、私は途中から話半分に聞いていた。
「そんな熱く語って大丈夫?ベアが起きるかもよ?」
そう言うと、二人は静かに前を向き直した。
「大丈夫よ。夜は絶対に襲って来ないから。」
私がそう言った時、二人は青ざめた表情でこちらを見つめていた。
「何よ?」
そう返すと、カエデは私の後ろを指した。
同時に後ろから殺意を感じ取った私は、流れ作業のように刃を抜き、後方へと薙ぎ払った。
間一髪交わしたそれは、暗闇の木の間へと姿を消した。
「ね、ねぇ!何、今の!」
アユが口を開くと、カエデは「わからない。多分ベア。」と返す。私はそれを耳で聞き取りながら、周囲の警戒を続けた。
「アユ、カエデ。大丈夫、落ち着いて刃を抜いて。奴はまだ隠れている。」
二人が刃を抜く音が聴こえた時、辺りから聞き覚えの無い音が響いた。
ガシッガシッガシッガシッ
───これは何の音?何かを掴んでいる?
私はすぐに木の上部を見るように顔を上げた。
そこには時々真っ黒な姿を表す謎の生物が、木を飛んで渡っていたのだ。
「キリっ!何なのあれ!」
「恐らく変異種。変異種は夜も活動出来るのか。」
次の瞬間、謎の変異種は上空から姿を消した。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
私とアユは後ろを振り返った。
そこにカエデの姿は無く、最後に見えたのは木の間に吸い込まれるように消えていくカエデの両足と叫び声だった。
「何なのっ!何なのあんた!イヤッ嫌嫌嫌嫌嫌ッ!やめてやめてッ!やめでえ"え"え"え"え"え"え"ッ!」
どこからともなく聴こえるカエデの悲鳴。
それは次第に弱くなり、最終的には何も聞こえなくなった。
「…カエデ?」
次の瞬間だった。
私が一歩足を踏み出した時、上空からカエデが落下してきたのだ。
私は落下途中のカエデと正面から目が合い、その目は正気を失っているようだった。
地面に落下したカエデの首は折れ、辺りに血が飛び散る。身体はそのまま地面に打ち付けられ、何故かズボンを履いていなかった。よく見るとカエデの衣類や皮膚には謎の白い液体が付着していた。
それを見たアユはその場で嘔吐していた。
「…そんな…カエデ。」
「アユッ!悲しんでいる暇はない!逃げるよッ!」
私はアユの手を引き、とにかく走り続けた。
暫く走り、何事もなく森を抜けると少し先には飛行場が見えた。
「…飛行場…てことはあれはセトチか。」
飛行艇はニ機のみ放置された状態のようだ。
「…アユ…私達助かるかも…しれ…ない。」
振り返るとそこにアユの姿は無かった。
では、先程から握っているものは何なのか。
恐る恐る目を下にやると、私が握っていたのは確かに手であった。
しかし、それは前腕と上腕を切り離され、残された手と前腕だったのだ。肌の色や腕の細さからして、アユで間違い無い。
私はアユの手を離す前に膝から崩れ落ちた。
アユはもしかすると恐怖のあまり声が出なかったのか。それとも気が付くのが遅れたのか。いや違う、アユは優しい子だ。あの変異種に気が付いたが、どちらかが犠牲にならないといけないと思ったのではないか。
推測を並べても真実はアユにしか分からない。
アユは奴の犠牲者になってしまったんだ。
「私は…何のために隊員になったんだ…。」
そして、先の見えない迷いの森をただただ眺める事しか出来なかった。




