#37 分岐点
「ライラッ!ここは危ないッ!」
「ええっでも…。」
ライラは時計城の方を向いていた。
時計城の中心には大きな星柄の時計が付いている。
刻一刻と時刻が進む中、時計の長針に手足の長い何かが見えた。
それはベアのようにも見えるが、人間のようにも見える。
風があたり茶色の毛が靡く。不気味な目付きのそれは、なんと時計城の時計を取り外したのだ。
そして、時計を真っ二つに折ってしまった。
「…そんな…あの時計が無いと。」
ライラはその場に跪いた。
しかし、感傷に浸る余裕は無かった。
私達の後方から狂のベアが迫って来ていたのだ。
「ライラッ!逃げるよッ!」
反応の無いライラを私は担いで飛び立った。
「やめてっ!サマーっ!離してっ!」
「うるさいっ!こんな所であんたまで死んだらこの先皆どうするんだよっ!」
「もう時を戻せないのに、何でそんなに余裕なのっ!」
私は地上から少し離れた所で羽根を動かしたまま止まった。
「…本来、時は戻せない。本当の私達は随分前に死んでいるんだよ。」
私の言葉にライラの怒りはエスカレートした。
「そんな事分かっているわよ!でも、何度も何度もやり直してやっとここまで来たんじゃない!たった一回の人生でベアに勝てると思ってるの!?」
「…勝てるかどうかじゃない。勝てないなら勝てないでそれが運命なんだよ。」
───私は、何故弱気になっているのだろう。
そんな事言っていたら、私達に命を預けていた民の仇は誰が撃つ。
私は高速で羽根を動かした。
塀の上からベアの様子を伺っている軍団長の元へと行き、ライラを預けた。
「待ってッ!サマーッ!どこ行くのっ!」
「…ライラ…ありがとうね。」
私は塀から飛び降り、逆さ状態で落下した。
目を閉じて、これまであった事を思い返した。
何度痛い思いをした事だろう。
逆さ状態のまま親から授かった羽根を存分に動かし、私は大回転しながら移動をした。
「走馬灯にはまだ早いよっ!」
私はそのまま上空へと昇った。
上空から見下ろすベア達は滑稽に思えた。
次は私の番かもしれないっていうのに。
狂のベアが壊した壁からは、雑魚ベアがどんどん乗り込んできていた。
「…まさに地獄…いや、天国か。」
襲い掛かる恐怖に、私はワクワクした。
分散しながら、高速移動でベアの首や目をただひたすらに斬って行った。
他の隊員達も頑張ってくれているようで、私への負担はほぼなかった。
そして、ついに奴と対面した。
『キャアアアオォォォォォォォォッッ!!!』
思わず耳を塞いでしまう程の奇声。
私は初めて足が震えた。
手を添えても全く収まらない。
────でも、嬉しかった。
「…ははっ…参ったね。初めてベアが怖いと感じたよ。」
「助太刀するぞッ!サマーッ!」
そいつは狂のベアの頬を刃の腹で思い切り叩いたのだ。
「マエキヨッ!駄目だッ!そいつに近付くな!」
私が声を掛けたばかりに、マエキヨは一瞬隙を見せてしまった。
狂のベアに捕まり、目の前で握り潰され、最終的には狂のベアの腹の中へと運ばれた。
「…やっと…全員生き残ったのに。」
すると、崩れ落ち掛けた私の肩に誰かが手を置いた。
振り返るとそこには、エンドラが立っていた。
「泣くなんてあなたらしくないわね。」
「…情けないよな。この場に来て、ビビっちゃってさ。」
「えぇ、情けないですわ。そんなくだらない事でウジウジしてる貴方は、一体誰ですの?」
エンドラの言葉で私の涙は止まった。
腹が立った?
いや、違う。
エンドラは、からかったわけではない。
その証拠に彼女は悲しそうな表情を浮かべていたからだ。
「…誰だって?そりゃ酷いだろ。リトル・サマーなんて名前、この世に一人しかいないよ。」
私が微笑むとエンドラも笑みを見せた。
そして、私の背中に手を乗せた。
その手は物凄く熱く、重みを感じた。
「ちょっと、エンドラッ!何してんの!」
「気合いを入れてあげたのよ。感謝しなさい。」
エンドラは私と横並びになり、「行くよ」と一言だけ言い放った。
「言われなくても!」
私達は狂のベアに向かって飛び立った。




