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#2 ホウジンゾク-受け繋がれた意思-


『笑えない時代を笑える時代へ。

命を落とすまで闘い続けよ。

己の命より、他者の為に。

我々こそが世界を支配するホウジンゾクなり。』


この聖書は何度も読み返した。

【ベアーズロック】に忠誠を誓う準備は出来ている。

この十年間、毎日栄養のある物を食べ、筋肉も鍛えた。

全ては夢を叶えるために。


【モルイ村】

「アキー!花集め終わったのー?」

家の中から外まで響く母さんの声。今日は少しばかり穏やかなトーンだった。

「うん!もうすぐ終わる!」

「そう、終わったらその花をダンカンさんの所まで運んで欲しいんだけどー!」

僕が花集めをしている理由は一つ。花の蜜が僕達の栄養素になるのだ。ベアーズロックが討伐したベアや他の生物を大量に捕獲した時は、色々な食物を摂取する事も出来る。しかし、それはごく稀な話。

ダンカンさんとはモルイ村の管理者で、週に1回村人の売却物を運搬してくれる人だ。その為、モルイ村の住人は決まった日時になったら、ダンカンさんに花を渡しに行く。


「よしっ!こんなものかな!母さん!ダンカンさんの所に行ってくるね!」

「あ、ちょっと待ちなさい!」

母さんは急ぎ足で一つのジャケットを持ってくる。

「何かあったら大変だから、これを持っていきなさい。」

母さんが持ってきたジャケットは、ビケットという羽根の付いた避難用の防具だ。

「いらないよビケットなんて!村の人達に笑われちゃうよ!」

「いいの。よそはよそうちはうち。もしベアが襲ってきたら大変よ?その時はすぐに逃げなさい。」

「母さんは心配しすぎだよ。ベアは年々数が減ってるし、この村には襲って来ないよ。」

しかし、母さんは強引にビケットを着せて来た。黄色と黒の縞模様に羽根の飾りが付けてある。僕達ホウジンゾクは、十八歳になるまで立派な羽根は生えないのだ。その為、子供の避難用として開発されたのがこのビケットという訳だ。

「ほら、いってらっしゃい!」

母さんに背中を押され、俺は溜息を吐きながら花を詰んだ籠を抱えた。

「…行ってきます。」

母さんが笑顔で手を振って見送る。これも週一の恒例行事の一つだ。


僕は両頬を赤らめながら、村の道を抜けていた。

「あらぁアキ君!素敵なビケットね!」

「アキ君ママは心配症ね。」

聞きたくもないのに住人がクスクスと笑っているのが聴こえてくる。

「アキのやつ、ビケットなんて付けてるぜ!」

「やーい、ビビりのリトル戦士ー!」

「今どきビケットなんて必要ないよなー!」

同い年の住人にも馬鹿にされてしまった。

だからビケットなんて着たくなかったんだ。

内心嫌気がさすも、俺はそのままダンカンさんの所へと急いだ。


小さな坂道を登り、暫く歩くと村の入口に荷車が置いてある。その目の前でダンカンさんが腕を組んで立ち尽くしていた。

「よぉアキ!今日もそれ付けてんのか。」

ダンカンさんは、からかうように僕を見下ろした。

「…ダンカンさんまで馬鹿にすんのかよ。」

「馬鹿にしてる訳じゃないさ。用心に越したことはない。世の中物騒だからな、お母さんの心配症も馬鹿にされない日がいつか来てしまう。今は馬鹿にされている内が幸せと思った方が良いんだぜ?」

ダンカンさんの言っている事は、子供の僕にはよく分からなかった。

「母さんは心配症過ぎるんだ。父さんがいればこんな事になってないよ。」

「…そうだな。お前の父さんは立派な人だったよ。」


僕の父さんは、ベアーズロックの隊員だった。救助要請の出た【ケシマ村】に出向いた際、この世を去ってしまった。

「俺も後から聞いた話だが、お前の父さんはケシマ村の住人を庇って亡くなったそうだ。ベアーズロックの鏡だよ。」

「だったら僕達のことももっと守って欲しかったよ。」

すると、ダンカンさんは俺に目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「アキ。父さんがいない今、母さんを守るのはお前の使命だ。ベアーズロックに入隊するんだろ?」

僕は不機嫌な表情のまま頷いた。

「なら、ベアーズロックに入る為に、沢山食べて沢山寝るんだ。父さんがいなくても、お前が母さんを守れるようにな。お前は父さんのような立派な人間になれ。そして、父さんの出来なかった事をすれば良い。」

「…ダンカンさん。」

子供ながら、僕はダンカンさんの言葉に感銘を受けた。表情が変わった僕の心が見透かされているように感じたが、この瞬間僕にとってダンカンさんは尊敬する人物へと変わった。

「よしっ!良い子だ!それじゃその花を預かるよ。帰りも気を付けて帰るんだぞ?」

「うん。」

短い髪に金色の髪色。剃り残した髭を見て、僕は一時期の父さんと重ね合わせてしまっていた。


『きゃあぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!』


突然村の方から悲鳴が聴こえた。

ダンカンさんが急いで向かったのに続き、僕もその後を追った。

少し進んだ所で、ダンカンさんは立ち止まっていた。僕はその横に立ち、村を見下ろした。

「…なんてこった。」

ダンカンさんは、見た事の無い表情を浮かべていた。握っている拳を見ると、僅かに震えているように見えた。

ダンカンさんの見ている方向に顔を向けると、そこにはベアに襲われている住人達がいた。

「や、やめてぇええええええええええッ!!!」

ベアに押さえ込まれ、頭や腕を噛みちぎられている。

「早く逃げなさいッ!」

「やだっ!お母さんと一緒に行くっ!」

さっき僕を馬鹿にしてきた同い年の男の子。泣き叫びながらも、母親は子供だけでも救おうとしている。

他の子も両親が食い殺された瞬間を目の当たりにし、恐怖に耐えられず泣き叫んでいる。

あまりにも無惨な光景に僕は吐き気を催した。

しかし、僕は母さんの顔が脳裏を過ぎった。

僕は吐き気を堪え、唇を強く噛み締めて、ビケットを起動させた。

「おいっ!アキ!何をしている!」

「僕が母さんを守るんだっ!」

ダンカンさんを押し切って、僕は猛スピードで自宅へと向かった。

「アキッ!ダメだ!止まれッ!」

僕はダンカンさんの叫びに振り返らなかった。

しかし、使い慣れていないせいか、空中移動とスピードを合わせる事に対応が出来なかった。それでも何とか軌道を合わせ、僕は自宅へと急いだ。


自宅に着くと家の中からは母さんの鼻歌が聴こえてきた。

「…良かった…母さんッ!」

僕は泣き叫ぶように家の扉を開けた。

しかし、そこに居たのは母さんではなかった。母さんのように料理をして、母さんのように鼻歌を似せて歌っているベアが立っていた。

よく見ると家の中は、赤く染っていた。

「あらっお帰りなさい。」

母さんとは似ても似つかないガラガラ声でベアは微笑んだ。

僕は声も出せず、その場で腰を抜かしてしまった。

「丁度ご飯が出来た所よ。アキ、今日は頑張って花を運んでくれたから腕を振るっちゃった♪」

ベアが何を言っているのか僕には理解出来なかった。

「か、母さんは…。」

「何言っているの?私が母さんでしょ。さぁ、ご飯にしましょう。」

しかし、食卓に並べられたのは、見たことも無い料理だった。料理と呼ぶにはあまりにもグロテスクな一皿だった。

「はいっホウジンゾクの手足の丸焼きよ。アキの大好物でしょ?」

「…ぉ、おま、お前は…何を言っているんだ…。」

「アキッ!なっ!?」

僕を追ってきたダンカンさんが、家の中を見て唖然としていた。まるで何かを悟ったように。

「あらっダンカンさん!久しぶりね。」

再びベアは、母さんの口調でダンカンさんに話しかけた。

「今日の花はとびっきり素敵だったでしょ。アキが詰んで運んでくれたのよ。」

ダンカンさんも言葉を失っていた。

しかし、ダンカンさんは何も言わず、僕を抱えて家を飛び立った。

「ダンカンさん!まだ母さんが!」

「アキッ!いい加減に理解してくれッ!」

僕はダンカンさんの怒鳴り声を初めて聞いた。しかし、その声は震えていた。怒りだけではない、悲しみや後悔だろうか。声に秘められた意味を、僕はまだ理解する事は出来なかった。そしてダンカンさんに抱えられながら、僕はこれまでの状況を思い返した。

言葉を発するベアが過去に見つかっている、それは聖書を読んでいた為知っている。しかし、何故ベアは母さんの口調で話していたのか。まるでずっと前からあの家の住人であり、自身が僕の母親であると訴えているようだった。

そして、食卓に並べられたホウジンゾクの四肢。思い返せば、少し細かったような気がした。確か爪も伸びていた。当たり前のように何度も見てきたかのような四肢を思い返し、僕は再び吐き気を催した。


「…あ…あの…手と足…母さん…。」

僕は悲しみが込み上げ、吐き気を堪えながら、無意識に涙を流していた。

「…すまないッ!すまない、アキッ!」

僕の表情を見てダンカンさんは、深く強く僕を抱き締めた。大きく引き締まった胸板、少し男臭い匂いは僕の心を安心させてくれた。

「…必ず…仇を打とうな。」

この時、僕は初めて大人の腕の中で涙を流した。


ベアーズロックー神々の晩餐ー、連載再開致しました!これまでゆるの作品を見てくれた方々、お待たせ致しました!【今あり】とは全く違った内容ですが、楽しんで読んで頂けたら幸いです!

次回もお楽しみに!

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