#28 涙を超えて
「天ちゃん、大丈夫よ!私に良い案があるの!」
擬態のベアの手は、俺なんかよりも遥かに大きかった。その手で俺の羽根と胴体を持ち、自身の顔を近づけてきた。
───何だよ…近寄るなよッ!
「私と天ちゃんが一つになれば良いのよ!」
───…は?こいつ何言って。
すると擬態のベアは両手に力を入れた。
そして、大きな口を開けた。
───待て待て待て待て待てッ!待ってくれッ!
「…や、やめてくれ。」
俺は震えた声で発生した。
聞いた事のないその声は、低音でまるでベアそのものだった。
「やめないよ。天ちゃんの為だもん!」
一度止めた手を再度動かし、再び大きな口はこちらへと迫って来た。
「…や、やだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
俺は何度も暴れた。
翼を可能な限りばたつかせて抵抗した。
だが、擬態のベアには無駄な抵抗であった。
「やめてッ!ああぁッ!イダイダァァァァイッッ!」
情けなくも叫ぶ事しか出来なかった。
胸から噛み付かれ、その後翼をもがれ、最後は頭。
俺は何故、たった一人でこいつに挑もうとしたのか。
仇を討つ為であっても、無謀だったのではないだろうか。
あのまま青く広い空を飛んでいれば、俺はまだ生きられたのではないか。
───あぁ…もうどうでもいいや…。
痛みを感じなくなった頃、俺は死を悟った。
そして、静かに目を閉じた…
…のだが。
「…あれ?」
目を開けると、先程と似た景色が広がっていた。
両手は血で染まり、近辺には血が飛び散っている。
地面には骨と鳥の羽だけが転がっていた。
「…この状況…もしかして。」
俺は状況整理で頭が真っ白になるも、すぐに理解した。
擬態のベアに捕食された事で、俺の意識が擬態のベアへと変異してしまったのだ。
つまり、天のベアは消滅し、俺自身が擬態のベアと化した。
「…嘘だろ…こんな事って…。」
俺にとってこれほど屈辱的な事は無かった。
心の中からは何人もの叫び声や断末魔が聴こえる。
擬態のベアは、これを澄まして聴いていたのだ。
俺は気が狂いそうだった。
しかし、俺の意識は無くならない。
バサッバサッ!!!
突然、背中から何かが突き出した。
触れるとそれは羽根であった。
擬態のベアのサイズに見合った大きな羽根が生えたのだ。
「…これで許されると思うなよ。」
俺は心臓の位置を思い切り何度も何度も叩いた。
皮膚が真っ赤になるほどに。
しかし、擬態のベアは答えない。
こいつの中にいる幾つもの殺した生命。
アキの母親は、その内の一人にしか過ぎない。
記憶にすらないようだ。
「…こんな奴の中に取り込まれるなんて。」
行き先も行き場もない。
ただ助けてくれる誰かがいる事だけを信じて、歩みを進めた。
だが、俺は気付いてしまったのだ。
「…何でお前…ダンカンさんの…。」
擬態のベアの姿で何かを訴えても、コピーして真似しているだけと思われるのではないだろうか。
「…アキ…聞いてくれ…俺は…本当のダンカンなんだ。」
アキと共に行動する仲間は、刃を俺へと向けた。
俺の訴えには全く耳を傾けてはくれなかった。
だが、それで良かったのかもしれない。
これで擬態のベアが殺されるなら、この痛みにも耐えられる。
俺が、今まで殺されたホウジンゾク達の代表として…終止符として…擬態の幕を閉じよう。
そう決心した。
トドメをさしたのはアキだった。
この光景を忘れないようにしたい。
───アキ…結局お前に仇を取らせてしまったな。本当にすまない。親代わりのつもりで接してきたが、お前はどんどん先に進んで行った。子離れってのはこういう感情なのかもな。何もしてやれなくて…ごめんな…。アキ…アキ…強く生きろよ。
崖から落下しながら見えた彼等は、軽蔑の目をこちらへと向けていた。
真実なんて知らなくて良い。
お前達は、目的を一つ達成したのだから。
───…来世は…もう少しマシになっててくれよな。
「アキ、どうした?」
「…いや、何でもない。」
この涙はなんだろう。
母さんや被害にあった皆の討ったはずなのに、何故か心が晴れない。
擬態のベアの口から出た、ダンカンさんと似た口調。
あれは、ダンカンさんも殺られてしまったという事なのだろうか。
そう考える度、俺は涙が止まらなかった。
「…もうこれ以上…僕の大事な皆を…殺さないで…。」
僕の背中を擦る暖かい手。
左肩に乗る優しい手。
ヤマとエアに支えられながら、今日も僕は前へ進んだ。




