#21 九種のベア
聞き覚えのないベアの名前。俺達はまだベアの事を何も分かっていないのではないだろうか。
「…ちょっと待って、そもそも変異種ってあと何体いるんだ?」
「そこからか。まあ俺も地下で集めた情報ってだけで、会ったのは歌のベアが初めてだけどな。まあいい、一から説明してやる。」
ヤマが語ったベアについての情報は三つ。
一つは、ベアの変異種は九種類いるという事。
擬態のベア、焔のベア、知能のベア、虫のベア、狂のベア、歌のベア、虐のベア、王のベア、そして天のベアだ。
擬態のベアとは、俺が幼少の時に遭遇したベア。
焔のベアは、エンドラ隊長といる時に遭遇したベア。
知能のベアは、先程軍団長によって始末されたベア。
歌のベアは、吊り橋でヤマが始末した。
天のベアとは、恐らくここにいるエアの事だ。
その他のベアとは遭遇していないが、恐らくもうベアーズロック戦闘部隊は遭遇しているのではないだろうか。
二つ目は、ベアとクッシーの関係性について。
ベアは元々野生の熊として生き、古くからホウジンゾクの先祖である人間と敵対していた。そんな中、クッシーは人間が誕生するよりも遙か昔からクッシャオ湖の底で過ごしていたらしい。クッシーはある日、一頭の熊と対面した。その熊はクッシーにこう願った、「邪悪な人間を懲らしめたい」と。そして、クッシーは熊に力を与え、姿を消した。
その熊の得た能力、それが王のベアと繋がるらしい。
クッシーは己の過ちに気付き、現代の俺達に託したという事なのだろうか。
三つ目、王のベアについて。王のベアの能力、それは繁殖率の向上だ。性別問わずに熊を生み出し、能力を備えた熊が誕生するまでそれを繰り返した。王のベアは既に能力を纏ったベア、そんなベアから生まれたベアであれば、自然と能力が覚醒する可能性も上がるのだ。即ち、王のベアを何とかしなければ、ベアは永遠と増え続けてしまうという事らしい。
「俺か知るのはここまでだ。恐らく、現状まだ誰にも見つかっていないのは王のベアだけだろう。王のベアは他のベアよりも小さく、身を守る為に隠れているはずだ。」
「…ベアを討伐し続けても、異常な速さで新たなベアが生まれる。一向に戦況が傾かなかったのは、王のベアが原因だったという訳か。」
「…でも、何で私をホウジンゾクに変えたのかしら。」
「…もしかして、ベアも元々はホウジンゾクだったんじゃないかな?それにあの祠に刻まれた名前、あの九人が元祖ベアの変異種だとしたら?」
すると、エアは何かを思い出したかのように苦しみ始めた。
「エア!?どうした!」
「アキ、その女に触れるな!」
俺はヤマの大声で手を止めた。
「その祠とこの女は間違いなく関係がある。何せ元天のベア様なんだからな、お前の推測通りになる可能性もあるだろう。クッシーがこいつをホウジンゾクに戻したとしたなら、ベアを完全消滅させて元の姿に戻せるという解釈にもなるんじゃないのか?」
ヤマの言う事にも一理あった。
だが、僕はエアと出会った時の事を思い出した。
「…悪魔の木との契約。」
エアは、他の変異種の事を兄さん達と言った。
そして、過去の人間を恨み、悪魔の木と契約を交わしたと言った。
だが、ヤマの話によれば、始まりはクッシーと王のベアであり、変異種は王のベアが生んだ子。
───話の辻褄が全く合わない。
つまり、エアかヤマが嘘をついている?
…いや、それはない。
そういえば、歌のベアがこんな事を言っていた。
【記憶の改竄】
エアの記憶が書き換えられていたとしたら?
悪魔の木とは、つまりクッシーの事だとしたら?
契約、それがクッシーと王のベアの事だとしたら?
つまり、これがクッシーがエアをホウジンゾクに変えた理由なのではないだろうか。
それにエアは、自身の事をこう呼んでいた。
【飛行のベア】と。
「…ヤマ。」
僕はヤマに詳細を話した。
「…ビンゴかもな。どちらにせよ、まずは王のベアだ。」
僕は深く頷いた。
これが真実なら、僕達のすべき事は自ずと絞られる。
他の変異種はベアーズロック戦闘部隊に任せて、僕達は僕達のすべき事を優先するべきだと悟った。
僕はゆっくりとエアの背中を摩り、耳元で話しかけた。
「エア、大丈夫だ。君は…変異種じゃなかったんだ。」




