#1 ホウジンゾクー失われた過去と文字ー
一九九七年
近年、【ベア】による襲撃回数は減少傾向にある。
その理由としては、村の至る所に罠を仕掛ける風習が出来たからである。
襲撃頻発時期当初は、小さな落とし穴から始まった。しかし、浅い穴では意味が無い為、深い穴を村の周囲に仕掛けた。
穴が深いほどベアは上がって来られないが、住民としては絶対的な安心感を欲していた。
次にまきびしを使用した。針等は効果があると分かり、最終的にはトラバサミというものが開発された。
更には掘った穴にまきびしを巻くという地獄の落とし穴も、約五十年間設置され続けている。
発展途上となる現状では、ドラム式の捕獲器も使用される。餌となる物でベアを誘導し、捕獲するのだ。
どちらにせよ、獲物を見つけた時のベアの執念は計り知れない。
研究に研究を重ね、強力な毒を塗った特殊な構造の刀が一番効果的と判明した。一つは、金棒をモチーフにした棘付の刀。もう一つは、刀の刃先が鋸の縦挽き刃のようになっているものだ。
これまでの罠では足止めは出来ても、致命傷には欠ける。そこで思い付いたのが毒付刃である。
ベアの毛は硬く、針や刃を通さない場合もある。
それに加えホウジンゾクの刀はどんなものでも斬ってしまう程の斬れ味を持ち合わせている。それで斬った傷口から毒が入り、ベアは苦しんで命を絶つのだ。
中には裏で回っている特注の毒入り銃を使用している者もいる。
かれこれ十年はこのやり方で対応している。
しかし、ベアの進化や活性化はまるで止まる様子が無い。
五十年前、この地にベアが襲撃して以来、人口は衰退し続けている。一時、人類は壊滅の危機を迎えたが、残ったホウジンゾクにより繁殖に力を入れ始めた。
当時の絶望的な状況では仕方なかったのだが、男と女がいる続ける限り、誰彼構わずに繁殖を続けた。それが決して望まない妊娠であっても、老若男女問わずに。
その内の一人にレイカという女性がいた。彼女の繁殖率は非常に高く、最も貢献した事を理由にレイカは初代女王となった。
女王誕生をきっかけに、我々ホウジンゾクには一筋の光が射した。
始まりの地をこの【モルイ村】とし、かつての【サッポロ】に王都を建設した。少しずつ人口は右肩上がりとなり、再びベア討伐の算段が立ったのだ。
次に我々ホウジンゾクについて説明しよう。
我々ホウジンゾクには、日本人という先祖がいる。五十年前までは、日本人には何の力も無く、ベアに襲撃を受けた際、何も出来ずただただ捕食されたとの歴史がある。
その日本人の中で数少ない生き残りがホウジンゾクと言う。
ホウジンゾクが増える一方で過去の過ちを精算し、人類のみの力で再復興を目指した。そして、ベアの完全討伐を目標に掲げたのだ。
日本人は無力であったが、ホウジンゾクは生まれ付き四枚の羽根を備えている。つまり、空も飛べる為、ベアへの討伐にも有利なのだ。
襲撃感知能力に特化した者もいれば、力量や知識で埋める者もいる。
そして、ホウジンゾクは古来の日本語に因んだホンジン語を使用している。かつては、平仮名や漢字を多く使用していたという歴史があるが、今ではカタカナ表記のみだ。
『笑えない時代を笑える時代へ。
命を落とすまで闘い続けよ。
己の命より、他者の為に。』
「…我々こそが世界を支配するホウジンゾクなり。」
ボロボロの聖書、もう何十回読み返しただろうか。
ホウジンゾクの歴史は多くの命を落として出来た国。
そして、最も名誉のある存在が【ベアーズロック】。
「いつか僕も、ベアーズロックに!」
森の中に黒の毛を纏ったベアが走り続けていた。
ベアを追うように、橙と黒の戦闘服を着た男達が追い掛ける。
四枚の羽根を高速で動かし、時速三十~四十キロ程で飛び続け、器用に木々を避けている。
「絶対に逃がすなッ!」
「貴重な研究材料だ!必ず仕留めろ!」
二人の討伐隊員は、二手に分かれて討伐態勢に入った。
二人は毒付刃を取り出し、ベアの目を狙った。
「さっさと…落ちろよおぉぉぉぉぉッ!!!」
毒付刃で両眼を失明させ、ベアは勢いよく転倒しそのまま森の崖から落ちていった。
崖から落ちたベアの捜索を続け、滝の近くで倒れているのを発見した。
ベアは、泡を吹いて痙攣をしている。更にはヒューヒューと息苦しそうな呼吸もしていた。
「よしっ!毒が回ってるな!」
「今のうちに拘束して連行しよう。」
徐々にベアの動きが鈍くなり、身体からは甘い臭いが滲み出ていた。その臭いは約二キロ先まで察知でき、討伐隊員だけでなく他のホウジンゾクでさえ討伐したと分かるのだ。
その為、体長二メートル近くあるベアを二人係で運ぶ事は無く、直ぐに応援が駆け付けるのだ。
「今日はちと早かったじゃねぇか。」
「慣れだよ慣れ。この程度の大きさはもう余裕さ。」
「言うようになったじゃねぇの!ベアーズロック入りたての頃のお前に見せてやりたいねぇ。」
「や、やめてくださいよ!」
隊員は飛びながらベアを十数名で運んだ。
王都サッポロに着き、数十名の討伐隊員は研究所に向かう。
【ベアーズラボ】
ベアの解剖や研究に使われる施設。ベアーズロックによって討伐・捕獲されたベアは、大抵この研究施設に送られる。必要な部位は研究に使い、不要部位は食材として売り場に出される。
しかし、近年討伐数は減少傾向にある為、肉不足が問題となっている。かつては肉なんて高級な物は中々食べられなかったが、ベアのお陰で住民の胃袋は微笑んでいる。
「…二メートル級のベアです!ベアーズロック、第三班所属のイチノヘともうします!」
ベアを討伐した者は、名を名乗る義務がある。
討伐数を記録する事で、後の昇進などに影響してくるのだ。
「…被害は最小限だろうな?」
「ハッ!幾つか木々を倒してしまいましたが、崖より落下した為、自然への被害は最小限となっています!」
「…了解した。」
イチノヘは、止めていた息をリラックスするように吐く。
「お前なんで毎回報告する時息止めてんの?」
「だって、イマ隊長怖えんだよ。無口で人を見下してそうで。」
【イマ隊長】
ベアーズロック 第一班の隊長。ベアの討伐数は、ベアーズロック内ナンバーワンだとか。スピードは無いが、知識とパワーを上手く使いこなすタイプ。黒髪でセンター分け、少し生やした髭を加え貫禄が増している。
「全く、あんたは仏頂面過ぎるんだよ!隊員がビビってるじゃんか!」
【リトルサマー隊長】
ベアーズロック 第二班の隊長。名の通り、イマ隊長の次に好成績を残す明るい女性隊員。イマ隊長とは同期で、隊員時代はバチバチにやり合っていたとか。
リトルサマー隊長の言葉にイマ隊長は隊員の方を向く。
「…怖いのか?」
その形相に隊員は全員高速に首を横に振る。
「…怖くないって。」
「その顔その顔ォッー!その目付きで髭なんか生やしてたらビビるビビるぅ!」
イマ隊長はリトルサマー隊長にからかわれながらその場を去っていった。リトルサマー隊長の言葉をイマ隊長は永遠に無視していた。
「…あれだけ煽られても無視出来るのも戦歴の差なのか。」
「…さぁ?」
隊員達はその場を去り、各自本部へと戻っていった。
次回もお楽しみに!