#18 血の海
「ルイィィィィィッッ!!!」
ほんの数秒の出来事だった。
一体何が起こったのか分からなかった。
僕は確かにベアの首をはねた。
なのに、今ルイを襲ったのは何だ。
僕には、ベアの首だけがルイを襲ったように見えた。
現に今目の前には、ベアの首とルイの首から下の死体が転がっている。
「…最後の力を振り絞ったとでも言うのかよ。」
涙を流しながら、僕は穴を掘った。
ルイを埋めた後、俺はベアの顔と胴体を調べた。
それはまるで蜘蛛のような姿のベアだった。
「…間違いなく変異種だろうな。」
これで遭遇した変異種は四体。
僕はベアに印を付け、その場を去った。
「気を落とすなよキリ。死んだ仲間の分もお前がしっかりと生きるんだ。」
「…はい。」
私に気を使ってくれるのは有難い。
でも、正直どんな言葉を並べられても、アユやカエデが亡くなった事実は変わらないのだ。
アユとは幼なじみ、カエデはベアーズロックに来てからの友人でありライバルだ。
私が地下行きになったにも関わらず、地上へ戻ってからも二人は私を歓迎してくれた。
王都を出発する前も、こんな話をした。
────必ず、生きて帰ろう!
「…バカ…私だけ残して…死んじゃってるじゃん。」
再び泣き始めた私を見て、マエキヨ隊長は何も言わずに見守ってくれていた。
「…キリ、涙は一旦お預けだ。奴等に囲まれている。」
私が涙を拭うと、四方八方からベアが歩いて来る。
「嗅覚…いや、五感も優れているのか。」
「キリ、闘えるか?」
「大丈夫です。」
私とマエキヨ隊長は、ほぼ同時に飛び出した。
私はマエキヨ隊長に遅れないようについて行くので精一杯だ。でも、地下帝国での生活に比べればこんなの。
「屁でもないのよッ!」
私が三頭仕留めれば、マエキヨ隊長は十頭仕留めていた。
「まだまだキリに負ける訳にはいかないからな。」
揶揄う余裕があるのも強い証拠だ。
しかし、私は一方向から異常な殺気を感じ取った。
「マエキヨ隊長!西から何か来ます!」
マエキヨ隊長は私の元へと後退し、互いに空へと飛び立った。
見下ろしているとそこには刃物を振り回大型ベアが居たのだ。
「クソッ!こんな時に変異種に会っちまうとは!」
「…あれが…変異種?」
そのベアは、敵味方問わずに刃物を振り回している。その為、雑魚ベアは一瞬で吹き飛ばされているのだ。
「まさにありゃ狂人だな。人じゃないから狂ベアか。」
「…雑魚ベアがあっという間に片付けられた。」
その場はまさに、血の海であった。
すると、狂ベアはこちらへと向き、私とマエキヨ隊長の存在に気付いのだ。
「…おいおいマジかよ。見つかっちまったら闘うか逃げるかしかねぇだろ。」
「…どうします?」
マエキヨ隊長は、毒付刃を抜いた。
「ここで逃げたらベアーズロック戦闘部隊は名乗れんよ。」
「そうですかね?私は全然逃げたいですけど、多分あいつはヤバいです。」
私の返答が予想外だったのか、マエキヨ隊長はずっこけた。
「お前なあ、そこはもっと褒め称えるんだよ。尊敬しますとか一生ついて行きますとか。」
「覚えておきます。そろそろ前向いた方が良いですよ、あいつ何かしようとしてます。」
そう言い、下を向いた時狂ベアは既に姿を消していた。それもそのはず、何故なら殺気は既に目の前から感じていたのだから。
「キリッッ!!!!!」
私が殺気を感じ取った時には、刃物をこちらへ振り下ろそうとしていた。
マエキヨ隊長の反応が遅れていれば、私は即死だった。
「…大丈夫か?」
「…はい、何とか。」
「…やばいな。あの大きさであの動き、もう逃げ出したい気分だ。」
そう言いつつ、マエキヨ隊長はゆっくりと立ち上がった。そして、その大きい背中はいつも以上に逞しく見えた。
「キリ、今すぐここから離れろ。俺とはここでお別れだ。また会えた時は、隊長流石ですと褒め称えてくれ。」
「待ってください、私も…」
「隊長命令だッ!」
私の言葉は、マエキヨ隊長の大声で掻き消された。
ベアーズロック戦闘部隊の掟、隊長命令は絶対。
「…必ず生きてください。」
マエキヨ隊長は一切振り返らず、背を向けたまま右手を挙げた。
「…生きてくださいか。出来れば隊員に囲まれて死にたかったが、俺の死に場所はお前の胃の中かもしれんな。だがな、俺だってただで殺られる程お人好しじゃねえよ。」
逃げる私の背後から狂ベアの怒り狂った奇声が轟いていた。




