#13 城と湖と蜂蜜と
ホッコウ島
王都サホロの東に位置している湖の中心にある孤島。
ホウジンゾクであれば空を飛べる為、難なく上陸が可能だ。
今僕が何故このホッコウ島にいるのか。
ホッコウ島には、バラー城という廃墟と化した城が建っている。この城には屋根が無く、雨宿りをする事は出来ない。だが、この城を守る神様が周囲の湖の深く底で眠っているという噂だ。この城に危害が加えられれば、湖の神様が黙っちゃいないだろう…という伝説のある城と湖なのだ。
此処に滞在している理由はたった一つ。
城の中で過ごしているベアを見つけたからだ。
僕は今、バラー城の入口で身を潜めている。
こんな事なら一人で来るんじゃなかったと内心後悔の念が過ぎる。
だが、こんな絶好のタイミングは二度と訪れないと言っても良いだろう。ここで逃げ出す訳にはいかなかった。
幸い、ベアもこちらには気付いていない。
入口から少しずつ内部に潜入し、ベアのいる部屋の手前の階段まで上がってきた。
様子を伺い続けていると、二足歩行で城内を歩き回り、頭部には三角布を巻いている。どうやら家事をしているようだ。
こちらに気付いていない今がチャンス、毒付刃を右手で握り、僕はベアのいる室内に乗り込んだ。
バンッ!
扉が勢いよく開き、音が鳴ると同時にベアは驚いた表情で振り返った。
「びっくりしたぁ!もう何なんですか急に!」
「貴様、ここで何をしている。」
「…何をって…生活を…。」
ベアはキョトンとした様子で両手を上げた。
「一先ずその刃はしまって?私に闘う意思はないの。聞きたい事があるなら答えるから。」
僕はベアの討伐を叩き込まれ、母を殺したベアを殺すという気持ちを持って生きてきた。ベアの提案に葛藤が生まれるも、僕は一度刃を鞘に収めた。
「不審な行動を取ればすぐに首を取る。」
「分かってるわよ、物騒ね。」
そう言うとベアは、一つの箱から黄色の飲み物とコップを取り出した。
「これはね、昨日取れたお花と蜂蜜を混ぜて作ってあるのよ。良かったら飲んで、疲労回復に効くのよぉ。」
その飲み物がコップに注がれると、その飲み物は金色に輝いていた。匂いを嗅ぐと、花の香りが強く引き立ち、脳内では花畑で風が吹いた瞬間を想像させた。
恐る恐る飲み物を口にするも、口の中に入れた瞬間、その飲み物は蜂蜜のように濃厚ですぐ溶け始めた。
「…美味い。」
口に入れただけで花の香りが全身を回り、余分な疲労や浮腫を取ってくれるような感覚に陥った。
「でしょ?あなたね、何があったのか知らないけど無理しすぎよ?」
僕はこのベアの様子を見ている限り、本当に殺意は無いのだと悟った。それは同時に僕の混乱をも招いた。
簡単に言える事とすれば、良いベアと悪いベアがいるという事だろうか。
「…幾つか聞いても良いか?何故お前は闘わないんだ?殺意の匂いが全くしないし、他のベアとはまったく…」
ベアはゆっくりとこちらを向き、優しく微笑みながらソファに座り込んだ。ゆっくりと金色の飲み物を喉へ運んだ。飲み終わると「あぁ」と息を吐き、こちらを見直した。
「…そうね、どこから説明したら良いのかしら。」
「何か知っているなら、全部教えて欲しい。」
「全部って…まあ、まず今の現状を整理しましょう。私達ベアについても説明が必要みたいね。兄さん達は暴れ回っているって聞くし。」
兄さん、その言葉にも引っ掛かったが、このベアを通じてベアの真実が明らかになると踏んだ僕は、改めて聞き直した。
「…まず、今の状況を整理しましょう。まず今この地で暴れ回っているのは、私の兄さんや姉さん達なの。」
衝撃の事実に僕は目を見開いた。
「私達ベアは、元々森の神として崇められていたの。森の美しさを守り、他の生き物達が暮らしやすいように食べ物や水場を共有したり。それはもう幸せに暮らしていた。だけど、かつての人間が私達の暮らしを壊したのよ。」
次の瞬間、ベアは鬼の形相へと変わった。
僕も一瞬警戒し、刃に手を翳した。しかし、ハッとなったのか、顔を隠して「…ごめんなさい。」と謝った。
お互い体勢を元に戻し、話を再開した。
「…これは代々受け継がれてきた話よ。実際私が見たわけでは無いけれど、私達の先祖が目の当たりにした記録が元になった歴史書があるの。それはあなた達の先祖、人間の話。人間は知能に優れていたそうよ。森や川を壊して、自分達の住処や必要な建物を次々と建てていった。それだけじゃないわ、私達の食べ物まで奪って自分達だけ栄養を摂って。裕福になったと思ったら今度は売り捌いたりもした。あなた達の先祖はね、金や食、娯楽の為ならなんだってするのよ。」
僕は否定できなかった。かつての人間の暮らしは、ホウジンゾクでの歴史としても残っている。人間の先祖は猿と言われており、進化を遂げて知能が発達した。それが人間。
ベアの襲撃があり、生き残った人間の進化によりホウジンゾクが誕生したと言われているが、詳しい話はどこにも載っていない。
そんな自分勝手な人間達が原因で、何年も経過した今でもベアとの対立が生まれてしまったという事なのだろう。
情けなくて、いたたまれなかった。
それが本当なら結局は僕達が悪いんじゃないか。
それなのにベアの襲撃に備えたり、仕舞いには戦闘部隊まで配置して。
「…情けないにも限度があるだろ。」
「えっ?」
僕はテーブルに思い切り頭をつき、目の前のベアへ謝罪した。
「…ホウジンゾクの先祖は人間だ、それは間違いない。聖書には、確かに人間の生活の豊かさや知能と技術の発達が進展していたと載っていた。だが、ベア襲撃はベアの知能の発達によるものとだけ記載されていた。ベア側にもそんな事情があったとは知らなかったんだ。本当に申し訳ない。」
「…もっと早く出会えていれば良かったですね。こんな話をして、和解していればこんな世の中にはなっていなかったでしょう。こうなった以上、私達の話を聞く者が何人いるでしょう。」
自分が【裏切り者】であり、このベアも兄姉の戦闘には加担しなかった逸れ者。僕達は似た者同士であり、話を聞くか聞かないかと問われれば、【聞かない】が圧倒的だろう。
「…一先ず、話の続きをしましょう。次は我々ベアの特性について。」
次回もお楽しみに!




