#11 終わりの始まり
【ベアーズロック 新本拠地】にある隊長達が集められたテント内。幾つか積み重ねてある木箱には、武器や防具、食料、生活必需品などが収納されている。
リトルサマー隊長に殴り飛ばされた僕は、その木箱へと突っ込んだ。当然木箱は破壊され、中からパンや野菜などが顔を出していた。
「何でエンドラを見捨てた!」
前にも思ったが、リトルサマー隊長は人の話を聴かない傾向にある。言わば早とちりというやつだ。僕は目の前で死んだとは言ったが、見捨てたとは言っていない。実際の所、見捨てたに近しいのだが、リトルサマー隊長にそれを馬鹿正直に話そうとは思えなかった。溜息混じりに身体を起こし、胡座をかいた状態で僕は詳細を話した。
隊長達の表情が変わった点は一致していた。
そう、炎を纏ったベアの出現だ。
新種のベアはこれまでに何度か遭遇しているが、隊長達の懸念はそこだけではなかった。
「…話は分かった。殴った事は謝るよ。だが、何故また君が新種のベアと遭遇したのか説明は出来るか?」
僕は十歳の時、言葉を話すベアと初めて遭遇した。同時に人間の脳や記憶を吸収する能力を持ったベアだ。そして今回は言葉を話すだけでなく、炎を纏ったベアだ。
「…出来ません。偶然ですから。」
そう返答する事しか出来なかった。
エンドラ隊長は、僕が助けに来ると踏んで自力で逃げようとした。だが間に合わず、命を経った。エンドラ隊長の最後の表情、僕に助けられるくらいなら死んだ方がマシと訴えたかったのではないか。僕にとっては、そうとも受け取れた。
最後の優しい表情にどんな思いが秘められていたのか、そんな事はもう本人にしか分からないのだ。
「…エンドラは強かった。物凄くだ!負けるはずが無いんだよ!」
震えた声に流しきれない涙。
リトルサマー隊長は、エンドラ隊長の事が好きだったのだろう。友であり、ライバル。そんな人の死を受け止めきれずに誰かを責めてしまう事も仕方の無い事だ。僕は自身の心にそう言い聞かせた。そうでなければ、僕は防げた死を見捨てた人間になってしまうからだ。
顔を隠して悲しんでいるリトルサマー隊長にマエキヨ隊長が近付いた。そして、僕の方を見て「許してやってくれ。」と呟いた。
「…話を元に戻そう。アキ、お前が新種と遭遇したのは偶然だという事は、一先ず信じる。だが、それも今後の行動で示して欲しいというのが我々の本音だ。裏切らないであろう事を前提に話すが、これからも力を貸してくれ。ホウジンゾクは心の弱い奴が多くてな、心配で不安で仕方がないのさ。そんな俺達を許してくれ。」
僕は驚愕した。イマ隊長の口からそんな言葉が出ると思わなかったからだ。
「は、はい。」
「ん?どうした?」
動揺を隠せない僕を見て、マエキヨさんが声を掛けてきた。
「あ、いや…イマ隊長って笑うんだなって…。」
僕の発言で三方向から「ブッ!」と吹き出す声が聴こえた。あの軍団長ですら顔を伏せている。
その様子を見た後にイマ隊長を見ると既に目が死んでいた。数秒前の微笑みは何だったのかと思う程に。
「一つ言い忘れていたのだが…」
軍団長の一言で全員が体勢を変える。
「エンドラの死で四番隊が壊滅した。生き残ったのは彼だけだ。」
殺伐とした雰囲気の中、その場にいた全員の視線を再び浴びた。
「そこでだ、彼の新しい配属先を決めねばならぬ。」
「…だからと言って、何で私んとこなのさ!」
息苦しいテントの中を出て、僕は今二番隊待機エリアに来ていた。軍団長は僕の配属先を二番隊と告げた。その理由はよく分からないが、エンドラ隊長とリトルサマー隊長の関係上こうなったと考えるのが妥当だ。
「…すみません。」
謝ることしか出来ないのも、身分の低い証拠だ。
「サマーさん、大人気ないよ?エンドラさんの事は事故だって分かったでしょ?」
「…分かってるけどさ。」
「ごめんなさいね。時間が解決するからもう少し耐えてね。私はセイラ、宜しく。」
優しい言葉と同時に差し伸べた手を見て、僕はゆっくりと手を重ねた。
「よ、よろしくお願いします。」
セイラさんは、ニコッと微笑んだ。
まさに対極、天使だ。
セイラさんは、リトルサマー隊長の側近だ。身の回りの世話は勿論、直属で稽古も受ける事が出来る立場だ。
ベアーズロック戦闘部隊は、軍団長を始めとし、各部隊の隊長が上司となる。その次に偉いのが、側近という事になるのだが…
リトルサマー隊長とセイラさんは、もはやどちらが隊長なのか分からなくなるほどに真逆であった。
世間で言う姉がだらしなくて、妹がしっかり者という理論と同じだ。
「サマーさん、彼にあの話はしたのですか?」
「…まだしてない。」
頬を膨らませ不貞腐れるリトルサマー隊長にセイラさんは溜息を吐いて説教を始めた。
「サマーさんが話さないなら私が話しますよ?」
セイラさんの口調は、僅かにも怒りの感情が込められていた。
「…分かった分かった。」
それを見て焦ったのか、リトルサマー隊長はゆっくりと身体をこちらへと向けた。
「…エンドラの能力は覚えてる?」
「はい、龍の継承者ですよね。」
「そう。名の通り先祖代々受け継がれてきた能力。龍の継承者を持った者が死を迎えた時、他の誰かにその龍の継承者は受け継がれるのさ。」
淡々と始めた話の内容をまとめると、エンドラさんの龍の継承者は今誰かの手に渡っているという事だ。龍の継承者がどのような経緯で受け継がれるのかは、未だに解明されていないという。
「しかし、あんたの話が本当なのだとすれば、龍の継承者を受け継いだ者は必然と限られてくる。」
リトルサマー隊長は人差し指で僕の顔を指差し、決め台詞のように言い放った。
「…つまり、あの現場にいた僕と炎を纏ったベアに絞られるって事ですね?僕が受け継いでいれば問題ないが、ベアの手に渡っていれば…」
「間違いなく取り返しのつかない事になるだろうね。私があんたを責めた理由は、そういう事も込みで言っているのさ。まあ、エンドラの事だから死の間際に脳内フル回転させて何とかしたとは思うんだけどね。」
隊長は皮の容器に入った水を豪快に流し込みながら食い気味に話を進めた。
話の内容は理解できる。しかし、残念な事に龍の継承者を受け継いだ変化は僕の身体には感じられていなかった。
そんな僕の表情で悟ったのか、隊長は真剣な表情で口を開いた。
「…明朝此処を立つ。あんたも準備しておきな。」
その一言に驚いたのは僕だけではなかった。
「隊長、まだ作戦の指揮は出ていませんよ?」
隊長は鼻と唇の先端に人差し指の腹を当て、「シーっ」と静かに声を出した。そして、その人差し指で僕とセイラさんを呼び付けた。
すると隊長は、近付いた僕達に耳打ちをするような声量で話を始めた。
「…良いかい?あんたを呼び付けたあの会議の本当の目的は、あんたを始末するかどうかという議題だった。軍団長も口にはしないが、龍の継承者の事を気にしているのさ。結果、あんたは龍の継承者を受け継いでいない。そんな事は一目見れば分かるのさ。そして、あんたは私の元に来た。それはつまり…」
「…後日拷問を与えた後に始末する。」
隊長の話を遮るセイラさんを見て、冗談のような内容の話が真実味を増した。
二番隊のリトルサマー隊長は、元々はベアーズラボとの中継を担っていた。研究に参加する事もあれば、進んで解剖や拷問も引き受けていたそうだ。その為、拷問に手馴れている二番隊に送り込まれたという事らしい。
「…昨日の襲撃でベアーズロックはほぼ崩壊したと言ってもいい。正直、ここからの再建は難しいだろう。あんたはベアーズロック戦闘部隊で貢献したかったのかもしれないが、現状お前に待っているのは理不尽な死だ。迷っている時間は無い。」
リトルサマー隊長の元に僕は二時間滞在した。そして明朝、このベアーズロックを立つ事を決めた。
翌日、もぬけの殻となったリトルサマー隊長のテント内を見て、二番隊隊員達は騒然とした。
側近のセイラさんと隊長に一目置かれていた隊員二名も捜索されたが、姿を見せる事はなかった。
同時に僕の姿も見えなかった事で、事情を知ったリトルサマー隊長を含めた五人は、裏切り者となってしまった。
「イマ、状況はどうだ?」
「…まだそう遠くには行っていないかと。」
「そうか、見つけ次第全員処刑にしろ。」
イマ隊長は俯いて了承した。悲しげな表情と涙を誰にも見せることなく、ただただ命令に従い続けた。
次回もお楽しみに!