#10 炎を纏うベア
ベアーズロック戦闘部隊 四番隊隊長のエンドラが死亡した。
それも、僕の目の前で。
また僕は、大切な人を救えなかった。
母さん、ヤマ、エンドラ隊長…。
「…敵は必ず取ります。」
毒付き刃を払いのけ、炎を纏ったベアは余裕の笑みを浮かべていた。
「なるほど。その羽根は、感情で音が変化するんですね。益々ホウジンゾクは興味深い。」
炎を纏うベアは全身の炎を弱め、分析を流暢に語る。
ベアの言う通り、ホウジンゾクの羽根は感情で変化する。穏やかであれば静かに飛び、怒りの感情があれば音は強くなる。
図星を突かれ、動揺を隠すように僕はベアに斬りかかる。
「おやおや、図星ですかね。焦らない焦らない。」
「馬鹿にするなッ!」
何度も交差する刃をベアは片手で跳ね返し続ける。
最初の油断を突いた一撃、それ以降一度も傷つけれずにいた。そして、二本の指で刃を止められてしまった。
「貴方、この軍の中でも弱い方でしょ?」
その一言を放つと同時に、僕はベアに叩き落された。
建物は崩壊し、僕は全身の激痛が走った。
「クソッ…足がッ。」
足だけではない、羽根もボロボロになっていた。
天井に空いた穴を見上げるも、既に炎を纏ったベアは姿を消していた。
僕は地面を思い切り殴った。大切な人を守れなかっただけでなく、ベアに二度も敗北してしまった。
二度と負けない事を誓った僕は、視界がぼやけ意識が遠のいた。
ベアーズラボ周辺、ベアーズロック戦闘部隊四番隊が最速で現場に駆け付ける。しかし、四番隊は僕以外死亡してしまった。エンドラ隊長を始め、他隊員も残酷な死を遂げた。
一番隊が駆け付ける頃には、既にベアは撤退してしまっていた。
「…エンドラ。」
イマ隊長はエンドラ隊長が姿を見せない事で全てを悟った。イマ隊長の寂しげな背後を見た他隊員もエンドラの死を悟った。リトルサマー隊長は涙を流し、テイル隊長は暗い表情を浮かべていた。遅れて駆け付けたマエキヨ隊長も重い空気で勘付き跪いた。
ベアが撤退した後、ベアーズロックは全隊員で怪我人や死体の運搬に行動を移した。
「エンドラ…死体も残ってないのかよ。」
リトルサマー隊長は全身から憎しみが溢れていた。抑えきれない殺意をテイル隊長やマエキヨ隊長が察し、手を差し伸べて何とか抑えている状態だ。
「アキ隊員が唯一の生き残りだ。目を覚ましたら事情を聴くしかないだろう。」
「あのエンドラが死んだんだ…相当な力を持ったベアなのは間違いない。だが、何故作戦実行前夜に襲撃してきた。これは偶然か?」
二人の発言を聴いたリトルサマー隊長は険しい表情を浮かべたままイマ隊長の元へ向かった。
「…ねえ、イマ。」
リトルサマー隊長の声に、イマ隊長は仏頂面のままゆっくりと振り返る。
「いるんじゃないの?内通者。」
リトルサマー隊長の発言に、テイル隊長とマエキヨ隊長は驚き、二人に近づいてきた。
しかし、イマ隊長は静かに目を閉じた。
「…何故そう思う?」
「どう考えてもおかしいでしょ!作戦実行前にドンピシャで此処を襲うと思う?」
イマ隊長は静かに立ち上がり、リトルサマー隊長に顔を向けた。
「…否定はしない。だが、俺は仲間を疑う気にはなれない。」
そう言い残し、イマ隊長はその場を去ろうとした。
「イマッ!エンドラが死んだんだ…敵を討ちたくないのか?」
イマ隊長の足が止まり、隊長達の間では不穏な空気が漂い始めた。
「…その話は明日しよう。まずは怪我人と遺体を運べ。敵を討つ前にやるべき事があるだろう。亡くなった仲間達と最後まで共に居てやろう。」
集められた遺体は全部で六十八名、内二十四名がベアーズラボの研究員。ベアーズロック戦闘隊員四十四名死亡、一名は消息不明。生存した怪我人が二名と判明した。
ベアーズロック戦闘部隊は、総勢百五十五名に減少した。
全ての遺体を積み重ね、油を注いだ。
「安らかに眠れ。」
軍団長が遺体の山に火を付けた木を放り込むと、あっという間に火が回った。
綺麗な夜空に異様な臭いが混ざった火花が空へと昇っていく。それを全隊員が視線を向け、両手を組んで目を閉じた。
翌朝、出発予定だったベアーズロック戦闘部隊は滞在を継続した。
しかし、特別何かをする訳でもなく、あっという間に二週間が経過した。
「…んん…は…。」
目を覚ますとそこは、とあるテントの中だった。
ゆっくりと身体を起こすも、全身に激痛が走った。
痛覚によって自身に何があったのかを全て思い出した。
「ようやくお目覚めか。」
すぐ近くから声が聴こえ振り向くと、そこには白衣を着た男性が椅子に座っていた。短髪に髭の剃り残しが目立つ彼は、足を組んで煙草を吹かしていた。
「目が覚めて早々悪いが、戦闘部隊の隊長さん達がお待ちかねだ。」
親指を立てた方向にはテントの入り口がある。その隙間からは光が差し込んでおり、その向こうにはベアーズロック新本拠地がある。
「…お世話なりました。」
すると見知らぬ白衣の男性は、鼻に声が籠るように笑った。
「俺は何もしてねえよ。さっさと行け、これ以上面倒事は御免だ。」
僕は重い腰を持ち上げ、腕と首に布の服を通した。全身の包帯は見せかけでなく、細かい動作をするだけでも激痛が走った。それを堪えながら、僕は着替えを終えた。
「…あの…お名前を伺っても…。」
「…サマリだ。」
サマリは頭を掻きながら背を向けて答えた。
「ありがとうございました。」と告げ、僕はテントを後にした。テントの外には【治療所】と記載された看板が立て掛けられていた。看板の横には、軍団長の筆でサマリについて書かれた紙が貼ってある。
そこに記載されていたのは、サマリはベアーズロック唯一の医療資格を持っている隊員という事だ。
そんな真実を胸で受け止め、僕は隊長達の元へ足を運んだ。
「…失礼します。」
「…来たか。」
【ベアーズロック新本拠地】のテント内には軍団長を始め、戦闘部隊の隊長が椅子に座ってこちらに目を向けていた。
僕の顔を見た瞬間、リトルサマー隊長が険しい表情で僕に駆け寄り、勢いよく胸倉を掴んだ。
「君、エンドラが死んだ時近くにいた?」
あまりに唐突で僕は息を呑んだ。しかし、隠し事をするつもりはなかった。
「…はい。エンドラ隊長は、僕の目の前で命を絶ちました。」
僕の発言と同時に、【ベアーズロック新本拠地】内の空気が変わった。
気が付くと僕は話をする前に、リトルサマー隊長によって殴り飛ばされていた。
赤くなる左頬を触れると、ジンジンと痛みを感じ取った。
いつもご愛読して頂きありがとうございます!
今回初めてパソコンで執筆してみました!
おかしな点があったらすみません…温かい目でサラッと見過ごしてください(笑)
次回もお楽しみに!