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#9 赤い街 ー再来の鐘が鳴るー


カァーンッ カァーンッ カァーンッ

時刻の数だけ鳴る時計台の鐘。

しかし、鐘は永遠と鳴り続けていた。

何かが起こると警告するように…。


「さぁ、始めましょう。」

燃え盛る炎に、僕は躊躇せず飛び掛かった。


ーーーーー


地下帝国を出てから二年が経過しようとしていた。

あれから僕とキリは、ベアーズロック戦闘部隊に配属された。

地上に出ると、その景色は八年前とは比べ物にならない程の荒れ具合だった。大地が割れ、草木は枯れ、見知らぬ砂漠地帯のようだ。無数に並んでいた建造物は崩壊し、今では五十メートル程の間隔で一軒ずつ建っている。

環境だけでなく、ベアーズロックも大きく変わっていた。明らかなのは、大幅に人数が減っているということ。そして、その原因は言うまでもなく、ベアだ。

近年益々ベアの数は増え、被害者も後を絶たない。

ベアが増えればベアーズロックが駆り出され、ベアが減ったと思えばベアーズロックの隊員がこの世を去っている。

五万といたベアーズロック戦闘部隊の数は、現状凡そ二百人程に減少していた。

そんな中、僕は今年で二十歳を迎える。

このベアーズロックに来てから色々な事があった。気付けば十年が経過していた。


「今夜の内に荷造りをしておけ。サホロにはもう戻って来れないだろうからな。」


ベアーズロック戦闘部隊の一部は、明日から長期の旅に出る。隅から隅まで見回りを行い、徹底的にベアを討伐するのだ。云わば、最終局面と言っても良いだろう。

旅に出る戦闘部隊は、一番隊、四番隊、五番隊だ。

二番隊と三番隊は現地待機、王都の護衛となる。新種のベアの知能の発達は異常だ。王都を襲撃する可能性もある為、念の為二番隊と三番隊を配置しているのだ。


ーーーーー そんな夏夜の星が綺麗に輝く中、地上では残酷な結末を迎える事になるなんて。


『ベアだぁァァァッ!!!』


時刻で言えば日付の変わる頃だろうか、三頭のベアが襲撃してきたと戦闘部隊の大声が王都全体に響き渡る。


カァーンッ カァーンッ カァーンッ

時刻の数だけ鳴る時計台の鐘。

しかし、鐘は永遠と鳴り続けていた。

何かが起こると警告するように…。


「何処だ!何処に現れた!」

「ラボだ!ラボに三頭!」

ベアーズラボ、ベア達の研究材料等が全て詰まった場所と言っても良い。そんな場所への襲撃、これは偶然なのかそれとも意図的なのか。


「さぁ新人君達。出番よ。」

僕は地下帝国を出てから四番隊のエンドラ隊長の側近として動いている。

そんなエンドラ隊長から命令が下されたのは初めてだ。僕は全力で羽根を動かし、エンドラ隊長の飛び立つタイミングに合わせてその場から飛び立った。


僕とキリが地下帝国から出て、キリは五番隊でアユと再会を果たした。シオナ、オリカ、カエデは二番隊に、イケとルイは三番隊、センリは一番隊に在籍しているらしい。

結局ヤマ以外の避難民全員が、ベアーズロック戦闘部隊に配属されている。あの日の軍団長の言葉は八割が脅しだったのかもしれない。

そんな事を思いながら、僕はエンドラ隊長とベアーズラボへ向かった。


……だが、一足遅かった。


ベアーズラボは全壊。現場には白衣を来た顔見知りの研究員達の死体が散乱している。建物の残骸に押し潰されている為、出血は目立たない。だが、ひょっこり隙間から出す死んだ眼や顔は、僕のトラウマを蘇らせた。

呼吸が苦しくなる程に、動悸や眩暈が僕を襲う。様々な症状は、次第に過呼吸状態となった。

そんな僕の背中をエンドラ隊長は思い切り叩いた。

エンドラ隊長に顔を向けると、エンドラ隊長は微笑んだ。

「その恐怖、絶対に忘れない事。恐怖があるからこそ目的を見い出し、恐怖があるからこそ冷静な判断も出来る。恐怖は人間を動かす最高スパイスなんですよ。」

この人が四番隊隊長である理由。これ以上無いという程の恐怖を体験し、絶望と屈辱を思い知ったからこそ言える言葉。異様なまでの美しくも不気味にも感じる笑顔は、強者の余裕にも取れた。


「しかし、こんなに悲しく憎い事はありません。ラボを潰された事も痛手ですが、無惨に食い散らかされたご遺体。これは復讐しなくてはなりませんね。」

エンドラ隊長の笑顔の奥には、酷く怒り狂った龍が潜んでいるように感じた。


「エンドラ隊長!」

僕は数センチ沈んだ地面に赤く染った足跡を発見した。それは一つ、また一つと続いている。

「これはこれは、まだ近くに潜んでいるようですね。」

僕は飛び立ったエンドラ隊長の後を追った。


「誰か助けてえぇぇぇッ!!!」


曲がり角を抜けた先、一頭のベアに狙われている白衣を着た研究員がいた。

三メートル級のベアだろうか、研究員を覆い隠す程の大きさだ。

エンドラ隊長はベアの視界から外れるように俊敏に動き、羽根を動かした。そして、ベアの後頚部へ右手の龍の爪を刺し込んだ。

「そこまでですよ。」

エンドラ隊長は、龍の爪で首の骨を抜いた。それでももがき苦しむベアに対し、僕が目と鼻へ毒付き刃で斬り掛かった。

最後に大声を出し、ベアはその場へ倒れ込んだ。

僕とエンドラ隊長は、一人の研究員へと近付く。

「あの!お怪我は!」

「……。」

研究員は怯えてしまい、僕の声には全く反応を示さなかった。まるで心が死んでいるようであった。そんな彼女はベアに襲われただけでなく、ベアーズラボまでも失ってしまったのだ。

すると、エンドラ隊長は討伐したベアを見て首を傾げた。

「…隊長?」

「異形ですね。」

エンドラ隊長が見ていたのはベアの口元。ベアはブツブツと何か囁くように口を動かしていた。耳を澄ますと、それはホウジンゾクにも分かる言葉を発していた。

「…シニタクナイシニタクナイシニタクナイ。」

ベアの知能発達や発語は今に始まった事ではない。しかし、死にたくないという感情まで持ち合わせているとは予想外であった。

「…ここまで発達しているのか。」

「さぁ、私の子猫ちゃん。お仕事よ。」

エンドラ隊長が向く方向を見ると、数頭のベアが遠吠えをあげながらこちらへ向かって来ていた。

「どうやら、このベアが死にかけている事で援軍に来たのでしょうね。ホウジンゾクだけでなく、ベアもある程度の距離であれば声を感知出来るのかもしれませんね。」

「数が多いですね…どうします?こちらも援軍呼びましょうか?」

僕の問い掛けにエンドラ隊長は微笑んだ。


「誰に向かって言っているんですか?」


そう言ってエンドラ隊長は飛び立った。闇夜に浮かぶ月に照らされながら右手に龍の手を宿し、ベアの行く手を阻んだ。

ベアの進路上には大きな溝ができ、速度を落とせないベアが次々と穴へ落ちていく。

しかし、落ちたのは先頭を走っていた五頭のみ。残りの二頭は手前で止まり、内身体の大きい一頭が仁王立ちで宙に浮かぶエンドラ隊長を眺めた。

エンドラ隊長は不審に思いながらも、そのままベアを見下ろしていた。

一頭のベアがもう一頭のベアに耳打ちをし、一頭のベアはその場を去った。

「女性に対して二対一とはとんだご無礼を。」

「あら、優しいんですね。言っておきますが、そこら辺の女子(おなご)と一緒にしないで頂きたいですわ。」

ベアは少し微笑んだ。そして、全身に炎を宿したのだ。

「ええ、だからこそ。正々堂々、正面から貴方を倒しますよ。ベアの名にかけて。」

炎は次第に全身を覆い隠し、目や鼻さえも炎を纏った。

エンドラ隊長が先手を打とうと動き出した時…


「…消えた?」


僅かに訪れた静かなる時は、一瞬の出来事であった

炎のベアがエンドラ隊長の背後に周り、右手で背部から手を貫通させていた事。貫通した手には、小さな何かが脈打つように蠢いていたこと。

エンドラ隊長の身体から血が溢れて止まらない。次第に多量の血は、足先から赤い雫として街にヒタヒタと垂れていた。


「…なるほど、貴方は龍の継承者なんですか。そんな貴方に出逢えるなんて私は運が良い。」

「…な……を…………め…。」

エンドラ隊長は、自身の身体に貫通しているベアの腕から何とか抜けようとしていた。


それを見た瞬間、僕は全速力で走り出し、エンドラ隊長に向かって飛び立った。

「隊長ッ!!!」

僕の呼び掛けに隊長はゆっくりと顔を向けた。そして、微笑みながら何かを呟いた。


「駄目ですよ。勝手に話しちゃ。」

エンドラ隊長の心臓を握り潰し、ベアの腕から燃え盛る炎が出現した。炎はエンドラ隊長を一瞬で燃やし、燃えた身体は黒い灰となってしまった。


「折角の龍の継承者も燃やしてしまえば塵となる。ホウジンゾクとは本当に脆いですね。」

恐らくこの時、僕は過去最高の力を発揮した。

炎を纏うベアの両耳、両眼を瞬時に斬り裂いた。

声は出なかった。ただ無我夢中に炎を纏うベアを殺す事のみに集中していた。


しかし、炎を纏うベアは笑っていた。

「惜しかったですね。残念ながら僕の弱点はそこじゃないんです。」

斬られた耳や眼は少しずつ元の形へと戻っていた。

「…化け物が。」


赤く染まり始めた街に悲鳴が轟き続ける。

時刻を知らせる鐘は再来の鐘となり、再びホウジンゾクへ恐怖を植え付けた。

このベアの襲撃で、また何人の死者が出るのか。

そんな事を考える暇もない程に、全員が己の生命を守る行動を取り始める。

他者の為に生きたベアーズロックは崩壊。

自身の生命は自身の手で守る方針へ変わった瞬間だった。


「さぁ、始めましょう。」

燃え盛る炎に、僕は躊躇せず飛び掛かった。


次回もお楽しみに!

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